このめちゃくちゃな10年、予測不能の人生を、
やっぱり私は愛している。

黒木渚

取材/文:前田亜礼

このめちゃくちゃな10年、予測不能の人生を、<br>やっぱり私は愛している。

「訳の分からんめちゃくちゃな10年だったけど、ちゃんと歌に残せてよかったね。と祝ってあげたいです」── ベスト・アルバム『予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる』を形にした今、自分に言葉を贈るとしたら、という質問に、黒木渚はこう語った。さまざまな岐路に立ち、その都度選択し、キャリアを積み重ねてきたアーティスト人生の上で、2016年に経験した喉の故障はまさしく予測不能だった。復活後、その葛藤、傷痕が完全に消え去ることはないかもしれないが、新録曲に見る再生力と不変の才能に、私たちは魂を揺さぶられずにはいられない。ジャンヌ・ダルクのような気高さを失わない彼女の、デビュー10周年を記念するアルバム・リリースと、新刊を発表する作家活動について話を訊いた。


──10周年、心よりおめでとうございます。ベスト・アルバム『予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる』は、DISC1「活動休止前」、DISC2「復活後」という時系列で構成されています。レビューを書かれた宮本英夫さんが言うように、“壮大な組曲”という表現がぴったりですね。


「喉の故障は、10年の音楽キャリアを分断する大きな事件であったと共に、節目でもありました。活動休止前の声と、復活後の声は私にとっては明らかに別物で、宮本さんの例えをお借りするなら第一楽章・第二楽章とくっきり分かれているように感じています。また、過去曲を時系列に沿って並べたことでアルバム全体が年表のように見える仕組みでもあります」


──叫び、反骨、破壊、解放、救い、祝福etc…黒木渚の音楽を聴く人は、純粋に音楽を楽しむ喜び以上に、自分の内的世界で抱く感情や想いにシンクロするフレーズやサウンドに共感し、黒木さんと深いつながり合いを感じているのではと思います。感情のグラデーション、生き様…それほどのリアルを突き詰めて表現されるからこそ、表面的でなく、図らずも誰かの“理解者”になれる。それはアーティストとしての神髄だと思いますが、音楽を届けることについての思いや、10年での変化はありますか?


「“生きるために作っている”から“作るために生きている”へと変化しました。また、デビュー当初は自分のフラストレーションを晴らすために作っているという部分が大きかったのですが、近年では私は音楽や文学を通して人と会話しようとしているのだということに気がつきました。私はシラフでは友達の一人も作れないような人間なので、きっと媒体として作品を利用しているのだと思います」


──ベスト・アルバムという振り返りの中で「黒木渚を突き動かす転機になった作品」や「この曲が生まれたことで、幸せを感じた作品」など、自身にとって特別な作品を挙げるなら、どの楽曲を選びますか?


『予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる』
「黒木渚として生きることに幸せを感じることができた一曲です。予測不能の人生を、やっぱり私は愛しているのだなと思ったし、縦横無尽にサウンドで遊ぶことの幸せを噛み締めながら制作をしました」


『アーモンド』
「この曲が生まれたことで、ファンそれぞれと1対1で繋がれるようになりました。孤独なのは当たり前、でもそれを理解したうえで一緒にいるから私たちは優しくなれるんだと思います」


『火の鳥』
「ベスト・アルバムを通して、この曲が一番喉のコンディションが悪い時期に録音されたものです。燃え尽きて灰になり、その中から再び復活する火の鳥になりたいという思い、でも思うように回復しない喉とのジレンマ。当時の苦しさをそのまま表現した歌声だと思います。ここが10年のどん底であり、ここでどん底を蹴って再び飛ぶことができたから今も頑張れています」


『檸檬の棘』
「文学と連動したアルバムの第一弾でした。私の個人的な通過儀礼であり、くそったれな少女時代に見切りをつけるための内省的な作品です。この作品以降、とにかく作ることが楽しくて仕方ありません」

「檸檬の棘」Official Music Video

──今回収録された『予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる』『ロマン』について。楽曲が生まれたきっかけや聴きどころを教えてください。また、『予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる』のMVは、10年間を総括するような構成であり、一発録りされたものだそうですね。


「『濁愛』は、同名の青春小説を書きはじめたことがキッカケで誕生した曲です。全てのキッカケとして最初にこの題名が生まれ、そこから文学、音楽へと派生していきました。小説を書き始めた当初は、音楽と文学を両極のように捉えていましたが、近年では重なり合っている(混ざり合っている)部分があると気づき、そこで遊ぶことにはまっています。「愛してる」という言葉はきっと世界で一番手垢のついた言葉でしょう。しかし、私は明らかにこのめちゃくちゃな10年を愛しています。予測できるものになんてちっとも興味がありません。また、MV撮影は監督さんに「ワンカメ・一発録り」をやりたいと相談して実現しました。この10年には編集点もなければ、やり直しもなかったので。スタッフ一丸となってアウトロまで駆け抜ける爽快感は最高でした」

「予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる」Official Music Video

「『ロマン』は全人類に対して語りかけるために生まれた曲だと思っています。5年前にレコーディングにチャレンジしたときは喉を故障していたので、納得のいく歌が録れませんでした。ようやく今、思っていたニュアンスできちんとロマンを表現できたことを嬉しく思っています」

「ロマン」Official Music Video

──制作チームやバンド・メンバーとつくり続けてきた楽曲群とステージ。ともに「白い光」(小説「予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる」にリンクする表現)に包まれてきたメンバーとの音づくりについて「普遍的なもの」「変化してきたもの」はありますか?


「普遍的なものは、互いの才能に対する圧倒的な信頼、リスペクト。音楽を抜きにして人間として楽しく付き合えるメンバーばかりです。変化してきたものは、ソロのシンガー・ソングライターとサポート・メンバーという関係から、バンドみたいな関係に変化してきたことです」


──ジャケットはやはり『革命』、気高く生きたジャンヌ・ダルクをイメージされたのでしょうか。ベスト・アルバムが完成し、これから第二章のはじまり……新たに見えてきそうなご自身のテーマはありますか?


「デビュー当初、掲げていたイメージがジャンヌ・ダルクでした。当時のヴィジュアルも同じように旗を掲げていましたが、激しい戦いをイメージさせる布製のボロボロの旗でした。今回、そのジャンヌ・ダルクの10年後ということで、戦いの象徴だった旗が水へと変化しています。透明で変幻自在な水を掲げて自由に進んでいくためです」


──新たに生まれた音楽と文学のコラボレーション、小説「予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる」についてお伺いします。主人公シッポの心の機微に揺さぶられ、17歳の青春を描くなかに、多面的で混沌とした人間のふがいなさ、愛おしさを感じながら一気読みしました。青春と音楽と、黒木さんにしか描けないストーリーだと思います。突き刺さるフレーズが多々あり、胸に響くものでしたが、プロットは長年秘めていたものだったのでしょうか?描写に苦労した部分、脱稿した後に改めて見えてきた感情などはありましたか?


「昨年の秋あたりに担当さんから「きちんと青い小説を書いてみてほしい」と依頼をうけ、そこからプロットを考えました。私は基本的に気味の悪くて現実離れした話を書きたがる人間なのですが、「青春」というお題にちゃんと向き合ってみようと思い、そこから一気に書いていった感じです。私自身が三十代ということもあり、青春のヒリヒリとした感覚を思い出しながら描くという作業に時間がかかりました。当時聴いていた音楽や、書いていた日記を読み返したりして紡いでゆきました。脱稿したあとは、「今の年齢でこれだけきちんと青春を書き残しておけば、これから先いつでもまた青春を描くことができるな」と安堵しました」


──4月19日に誕生日を迎えられ、自分の中で誓いを立てたこと、バースデイ・エピソードはありますか?そして、ベスト・アルバムを携えて、いよいよ東京と、福岡でのワンマン・ライヴが予定されています。久しぶりの福岡での対面でのステージですが、どんな景色をオーディエンスと共有したいですか?


「36歳、アラフォーに入りました。自分と約束したことは「肝臓を大切にする」です(笑)。誕生日の夜はファンコミュニティサイトでバースデーパーティー配信をやって、ファンのみんなと一緒にワイワイお祝いができたのが嬉しかったです。
ライヴについては、10年間、割と実験的な舞台づくりをやってきたと思っています。音楽、文学、空間、という私のテーマの中で、最高傑作を叩きだすつもりです」

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RELEASE

予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる

Best Album

2022年4月20日発売
Lastrum

[DISC 1]
1.予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる
2.あたしの心臓あげる
3.カルデラ
4.骨
5.はさみ
6.革命
7.虎視眈々と淡々と
8.君が私をダメにする
9.大予言
10.アーモンド
11.原点怪奇
12.ふざけんな世界、ふざけろよ
13.灯台

[DISC 2]
1.解放区への旅
2.火の鳥
3.美しい滅びかた
4.檸檬の棘
5.ダ・カーポ
6.竹
7.死に損ないのパレード
8.心がイエスと言ったなら
9.ロマン
10.V.I.P.

予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる

長編小説

2022年6月15日発売
講談社

LIVE INFORMATION

先行あり

黒木渚
ONEMAN LIVE 2022「予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる」
〜100周年記念ワンマン〜

2022年7月10日(日)16:00開演
福岡DRUM LOGOS
2022年7月10日(日)19:30開演
福岡DRUM LOGOS

PROFILE

黒木渚

宮崎県日向市出身。福岡教育大学大学院で英米文学(ポストモダン文学)を専攻。バンド「黒木渚」を福岡で結成し、2012年12月『あたしの心臓あげる』で鮮烈なデビューを遂げるも翌年解散。2014年、1stフル・アルバム『標本箱』でソロ活動をスタート。2015年、初の連作小説「壁の鹿」で小説家として文壇デビューを果たす。2016年8月、咽頭ジストニアにより音楽活動一時休止を発表。2017年9月、音楽活動に復帰し、2019年にはフル・アルバム『檸檬の棘』と同名タイトルの私小説を講談社より刊行し話題となる。2021年10月、4thアルバム『死に損ないのパレード』を発表。公の場で死のうとしたことを激白した。2022年4月、ベスト・アルバム『予測不能の一秒先も濁流みたいに愛してる』をリリース。