私の中の「間」にある
多様な音楽を、前に進む力に。

由薫

取材/文:前田亜礼

私の中の「間」にある<br>多様な音楽を、前に進む力に。

ストリーミングの総再生数が1億回を突破した『星月夜』、ドラマ「たとえあなたを忘れても」の主題歌として抜擢された『Crystals』などで、多くの人の心を震わせ、注目を集めているシンガー・ソングライター、由薫。1st Album『Brighter』は、沖縄で生まれ、アメリカ・スイスで幼少期を過ごしたグローバルな感性と、透明感のあるシルキー・ヴォイスで存在感を放つ彼女の、多様な魅力に出会えるデビュー作にしてシンボリックな作品になっている。


──幼い頃、海外で過ごした経験をもつ由薫さんですが、何をきっかけに音楽を志すようになっていったのですか?


由薫:6歳ぐらいの時、スイスの学校で「サウンド・オブ・ミュージック」のミュージカルが企画されて、その時に自分から参加したいって手を挙げたんです。とくに大きな役ではありませんでしたが、ステージに立って自分の体と声を使って、歌ったり表現したりすることの楽しさを初めて経験したことがきっかけのひとつになっています。


それからもう1つ、それも小学生の時だったんですが、ニューヨークのブロードウェイに「ウィキッド」というミュージカルを観に行ったことがあったんです。そのミュージカルにすごく衝撃を受けて。CDを買って日本に戻ってからも、歌詞カードを見ながら何回も何回も聴き込んでは熱唱して、全曲歌えるようになって(笑)。歌をうたうことを意識し始めるきっかけだったのかなと思います。


──ミュージカル「ウィキッド」のどんなところに惹きつけられたんですか?


由薫:「ウィキッド」は、オズの魔法使いの中に登場する悪い魔女にフォーカスを当てたミュージカルで、その魔女が主人公なんですね。生まれた時から肌の色が緑だったということで、まわりの人と違うことに苦しみながらも、恋愛をしたり、いい友達ができたりして成長していくんですけど、あることが起こって悪い魔女になってしまう。その過程を演じていく中で、私がいちばん好きだったのは、そのクライマックスの曲。魔女が「これからこうやって生きていくんだ」って決意した時の曲なんですけど、それがすごくパワフルで。大好きでよく歌っていました。


──その後、15歳でギターを始めて、オリジナル曲を作るようになっていったそうですが、ギターとの出会いを教えてください。


由薫:家ではそれまでピアノを少し習わせてもらったりしていたんです。でも、テイラー・スウィフトだったり、弾き語りでパフォーマンスするアーティストを見て、ギター1本でどこにでも行って歌えるってすごく素敵なことだなと思ったんです。ミニマムな感じというか、電気を使わなくても、アコースティック・ギターで表現できるところに惹かれて。 家には父のギターがあったんですが、弾いているところは見たことがなくて、15歳の時に不意なきっかけで買ってもらったんですね。自分でもそんなにハマるとは思っていなかったんですけど、YouTubeにお世話になって毎日毎日弾いていたら、ギターに惹き込まれていました。


アコースティック・ギターって、抱える姿勢で歌うからすごく落ち着くんですよね。誰に聴かせるでもなく、自分とギターとで歌をうたうっていうことが自分にすごく合ってたんだなって思います。2年ぐらいひたすら弾いていたら、コード進行というものや、そこにのるメロディー、英語と日本語の響きの違いとかがようやくわかってきて、「私にも曲が作れるかもしれない」ってたどり着いた感じで、そんなゆったりとした流れで曲作りに繋がっていきました。


──「自分らしい音楽」というものを、どうやって探り当てていかれたんですか?


由薫:最初は自分の中で、自分のための音楽と、聴いてもらうための音楽っていうのは分離していて、とにかく日記みたいに自分自身と対話するように、曲を書くことが習慣づいている時がありました。日常でなかなか言葉にできないことを、曲作りを通して綴っていく中で、だんだん聴いてもらいたい音楽とも1つに合わさってくるようになったんです。


自分のバックグラウンドとしてあるアイデンティティや文化的なものだったり、色々感じたり、考えさせられることの多かった幼少期だったので、音楽で自分を表現するとなると、やっぱり日本語と英語の組み合わせだったり、洋楽と邦楽の間(はざま)みたいな音楽が自分自身のようで、すごくしっくりきました。


──2022年6月にデビューされてから2年弱経った今、その「自分らしさ」というものに変化を感じることはありますか?


由薫:今は日本語詞をフルで歌っても、英詞をフルで歌っても、どちらも“自分らしい”という気持ちです。必ずしも日本語と英語を混ぜることにこだわっているわけではないんですけど、でも、その時その時に心が赴くものを音楽として表現していると、自分が影響を受けた色々なものの間みたいな部分が私らしいというか居心地がいいなと思います。


──バックグラウンドも含め、これまでの由薫さんが培ったものが詰め込まれたデビュー・アルバム『Brighter』は、ONE OK ROCKのToruさんによるプロデュース曲が3曲収録されています。ドラマの主題歌を通じて、たくさんの人に歌が届くきっかけになった楽曲は、ご自身にとっても特別な曲として育っているのではないかと感じますが、Toruさんからはどんな影響を受けましたか?

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由薫:Toruさんとは、メジャー・デビュー曲『lullaby』と『No Stars』『星月夜』という曲を一緒に作って、その中でアーティストとして、多くの人に自分の音楽をちゃんと届けるという姿勢や心構えを教わりました。そのためのサウンドや歌詞というのは何だろう、でも、そこで自分を失わずに「自分自身でしかない音楽」をどう磨いていくのかという、本当に基本の大事な気持ちの部分まで刺激を受けました。


──制作過程でご自身の魅力に改めて気付かされたといったようなエピソードはありましたか?


由薫:声って人それぞれ唯一無二のものだと思うんですけど、私自身は自分の声を凹凸のないシンプルな声だなと受け止めていたんです。例えば、メインディッシュみたいな声もあれば、スイーツみたいな声もあって、世の中には素敵な声がたくさんあるわけですけど、メインディッシュのような声に憧れることもあったんですね。でも、自分では普通と思っていたけれど、Toruさんから「由薫の声は、ここの成分がすごくいいから、この曲ではこの部分を強調しよう」という風に教えてもらって、初めて自分の声の輪郭を知ることができたんです。シンプルな声だからこそ、合うものがある。歌い方によっても声は変わってくるし、心の持ちようだけでもすごく変わってくるんだなっていうことをレコーディングする中で気付かされました。

由薫 – lullaby (Official Music Video)
由薫 – 星月夜(Official Music Video)

──MONKEY MAJIKによるプロデュース曲『Blueberry Pie』は、スイーツを題材に軽やかなメロディーにのせて揺れる感情を描いたリアルな歌詞が魅力的ですが、どんな風に完成させていったのですか?


由薫:作曲はMONKEY MAJIKさんで、作詞は私が担当しているんですけど、事前に話し合いをたくさんさせていただいたおかげで、びっくりするぐらいぴったりのワクワクする曲がデモとして送られてきました。私、ブルーベリーパイが好きなんですね。デモを耳にした時に、口の中が甘さでいっぱいになるような曲だったので、これはもうブルーベリーパイだと思って(笑)。それと、話し合いの時に海外の同年代の女性アーティストの楽曲みたいな雰囲気がいいという話をさせていただいていて、この曲では、洋楽っぽいサウンドにできるだけ日本語を加えることにチャレンジしています。

由薫 – Blueberry Pie(Official Music Video)

──まさにグローバルなエッセンスが混ざり合って生まれた楽曲ですね。そういう意味では、スウェーデンのアーティストと作った楽曲も2曲収録されています。『Blueberry Pie』とはまた全く異なるアプローチで、由薫さんのクリアで新鮮な魅力に触れることができました。


由薫:もともとスウェーデンに10日間ほど武者修行で曲作りをしに行ったんです。滞在期間中に、毎日違う作家の方とお会いしたんですが、みんなJ-popに対する知識や理解もすごくあって、でもやっぱりスウェーデンのアーティストなので、私自身がかたちにしたい「J-popと洋楽の間みたいな音楽」という部分で気持ちがすぐに合わさって、バイブスが共鳴した感じでした。


今までの私の曲を作家の方に聴いてもらって、どういう感じでライヴをするのかというところまでお話して、「じゃあせっかくだから、今までにないようなサウンド感とか曲調でやってみよう」と曲作りしていったのが『E Y E S』と『Blue Moment』です。作家の方がベースになるトラックを作って、そこに私がメロディーをのせていくという制作だったんですが、1つまた新しい自分を引き出してもらえたかなと思います。

由薫 – E Y E S (Official Lyric Video)

──海外、日本、そして沖縄というルーツやバックグラウンドをもつ由薫さんが表現するさまざまな「間」という多様性から、由薫さんらしい音楽とは何か、その答えがアルバム全体で感じられました。『Brighter』というアルバムのラストを飾る楽曲を、アルバム・タイトルに選んだのはどんな思いからですか?


由薫:『brighter』という曲は、いちばん最後に制作した曲なんです。アルバム作りは、自分を振り返ることだったし、今まで作ってきた曲ともう一度向き合うことでもありました。そういうものを並べていったり、新しく曲の歌詞を書いたりしている間に、自分の心と重なり合って、悩むことも多々あったんですね。その中で、私が音楽を始めたきっかけもその言葉にできないことを、自分で向き合って解決していく、前に進む力にするってことだったなって思い出したんです。それで、今の時代、なかなかアルバム単位で聴いてもらえることは少ないのかもしれないけれど、聴いてもらった時に、1つ線が見える、物語が見えるものにしたいなって。そう思った時に、 1曲足りない気がするなと思ったんですね。それで、自分の心の芯の部分を歌にしようと思って、この『brighter』という曲ができあがりました。


この曲は作曲家の野村陽一郎さんとの共作なんですけど、私のことをよくわかってくださっているので、制作を通して、自分の心もフワッて晴れ渡っていく感覚があって。「自分がちゃんとここにいる」ということを意識した瞬間がアルバムを完成させた時にありました。このアルバムを物語として見た時に、足りなかったピースを表現できたと感じたので、アルバムの裏にある柱になってるかなと思います。


──作品を携えて、初のロス公演を皮切りに、福岡でも6月にライヴが予定されています。海外のオーディエンスの反応というのは、日本とはちょっと違う感じですか?


由薫:去年の3月にSXSWというアメリカ・テキサスで行われたイベントに出演させていただいたのが初めての海外ライヴだったんです。今まで行ったことない場所でステージに立って、アウェイになることを予想していたし、なんなら誰も来ないことを予想していてビラ配りとかしていたんですね。でも、実際にライヴが始まったら、お客さんがたくさん来てくれて、しかもすごく熱くて!きっと私の曲を初めて聴く人、私に初めて会う人がすごく多かったはずなのに、まるで私のことを昔から知っていたかのようなテンションで曲を聴いて、踊ってくれたり盛り上がってくれて、自由に音楽を楽しんでいる姿がすごく印象的でした。私もそのライヴを経て、ライヴってまさにライヴなんだっていうことを改めて感じたんですね。お客さんの反応を受けて、歌い方や気持ちも変わってくるし、お客さんと1つの空間を作っていくっていうことを身をもって実感しました。その時のライヴは1回しかないから、だから日本でライヴをする時も、それからは上手く歌おうということよりも、「今この瞬間の歌をうたおう」って思えるようになりました。


──きっとロス公演でもそのような熱いステージを経験されて迎える福岡でのライヴだと期待します。どんなステージにしたいですか。


由薫:ロスでは1人でギターを持って挑んできます。パワーアップして帰ってきて、その後の日本でのツアーは全てバンド・メンバーと回るんですね。やっぱり私、バンドと一緒にライブを作り上げられることがすごく嬉しいので、音源の良さも聴かせつつ、その時ならではの演奏をお届けするのが楽しみです。


私、生まれが沖縄で、住んでいた期間は短いにしても、自分の根底には沖縄の歌や子守歌というものが流れていて、曲作りをする際に沖縄の海や夜空だったりを思い浮かべたりすることも多いんです。九州の空気感を自分の中で大切にしています。去年までは3ヵ所だったツアーが今年は6ヵ所になって、福岡にも行けるということで、新しい自分を直接お届けしに行けることにすごくワクワクしています。


何よりこのアルバムを引っさげての初めてのツアー、アルバムの中で描いた物語をライヴでまた新しい物語として、皆さんにお伝えできたらいいなと思っています。このツアーを通して成長できる予感がすごくしていて、今まで史上最高の演奏をしたいと思っているので、ぜひ会場で会いたいです!

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LIVE INFORMATION

由薫 Tour 2024 Brighter

2024年6月16日(日)
福岡ROOMS

PROFILE

由薫

YU-KA
2000年・沖縄生まれのシンガーソングライター。幼少期をアメリカ、スイスで過ごす。15歳でアコースティック・ギターを手にし、17歳でオリジナル楽曲の制作を開始。かねてから映画や本が好きで、その頃に見つけた映画の主題歌を作るというオーディションで特別賞を受賞し、活動を始める。2022年6月に楽曲『lullaby』でメジャー・デビュー。2023年2月にリリースした『星月夜』はドラマ「星降る夜に」主題歌に抜擢され、各種チャート1位を獲得するなど話題を呼んだ。以降、洋楽と邦楽の間を漂うような音楽スタイル、表現しづらい感情や葛藤などに向き合い、隣でそっと寄り添うような楽曲が共感を呼び、同世代を中心に多くの音楽ファンの心を掴んでいる。