『Polyphonic』[DISC REVIEW]
Masami Takashima
COLUMN
多声そして多層の音楽で紡がれた
2020年代のタペストリー
シンガーソングライター、キーボーディスト、トラックメイカーとして多彩な創造を希求する音楽家、Masami Takashima。自身のバンド・それでよかったのか?~ネルソングレートを経て、coet cocoehとしてソロワークに臨んで以降、DAWによる楽曲制作、ピアノとシンセによる演奏を主体に多様なジャンルをシームレスに取り込みながらポップスとしての強度を失わず進んできた。本作はソロ名義での通算6作目のアルバムで、歌を据えたオリジナル盤としては2016年リリースの『FAKE NIGHT』以来となる。
オープニングの『Kotoba』にいきなりドキリとさせられるのは、プログレッシヴに構築された音像のなかで、《どうしても言葉が足りない》という彼女の長い(ほとんど永久的と言ってもいいほどの)葛藤が厳然と迫るからだ。無辺世界をさらに広げる音響に、白百合が花びらを開く瞬間のように凛とした歌が立つ。近年の多くのライヴを共にするドラマー・mineo kawasakiのタイトなビートを伴って、緊張感と融和が同衾する尖鋭的な磁場を生んでいる。
波多野裕文(People In The Box)をギターに迎えポストロック~オルタナティヴのバンド感を醸す『Anywhere』や、Hisayo(tokyo pinsalocks, a flood of circle)の重厚なベースがたおやかに通奏する『屋根の上』といった、ゲストミュージシャンと作り上げた洗練されたサウンドスケープを柱とする一方で、自身の深淵をのぞかせるような楽曲──大いなるたましいへの追悼を思わせると同時に彼女の音楽の源流を想像させる『Port』や、ピアノと歌とわずかなパラグラフのみにもかかわらず、不穏な世相の濃厚な気配が滲む『読書感想文』など──も少なくない。さらに、《日常の傍 糸を編んで/壁にかけられた タペストリー/折に触れ 時代の文脈/意図が絡む/使い直す 使い直さない》(『現象』)という秀逸な歌詞には市井の音楽家の視線も透ける。まさにポリフォニー=多声、そして多層の作品だ。
10月15日には、ふるさとである熊本にて単独公演を開催する。変わらぬ歌の求心力と新たな音の情景に会えることが楽しみでたまらない。(山崎聡美)
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