『NIA』[DISC REVIEW]

中村佳穂

『NIA』[DISC REVIEW]

中村佳穂を発見しつづける悦び
『NIA』が開ける新たな音楽の扉

定型句も冠も持たない、というか、つけられない。いや、必要としないのだ。

ポップ・ミュージックの概念や法則を置いてきぼりにするどころか、“ポップ・ミュージック”という自由の同義語ですら霞んでしまう。創造が想像を追いかけて、追い越していく、なんども、なんども。それほどにこの中村佳穂のニュー・アルバム『NIA』は、機知と未知と自由に満ちている。無尽の宇宙のなかで爆発と誕生を繰り返す星々の光を夜毎発見するように、わたしは中村佳穂のうたの光をここに見いだしつづけることになるだろう。

アルバムとしては前作『AINOU』から実に3年半ぶりという(『AINOU』がなにしろ消費されない作品であるため全くその長さを感じさせないのだが)。ライヴのオープニング時の即興を思い起こさせる『KAPO✌︎』にはじまる全12曲、共同制作者はここまで中村の作品やステージを共に創り上げてきた西田修大と荒木正比呂。今作の音に対する発想と転回には、稀有な三者の探求と洗練がみずみずしく息づいている。

石若駿の前衛的なビートを軸に抗いがたい磁場を生んでいく『さよならクレール』や、メロディックでありつつフィジカルな訴求力をもった『アイミル』の、圧倒的なポピュラリティー。言葉の転換が生む心の転化、その情景に劇伴のように寄り添って転回するサウンドの有機性に強く引っ張られる『Hey 日』、さらに『Q 日』。『祝辞』に描き留められつづける思考の痕跡は、心の裏側の襞に触れてほどくようだ。歌にするまでもなく歌になっていく、歌が生まれていく瞬間を捉えたような2曲の『voice memo』の存在も大きい。そして、『MIU』の1ヴァースから2ヴァースへと至るわずかな時間に表現される感情の奥行きと、タイトルチューンの『NIA』が内包する瞬間の積み重なりが描く永遠。2曲において遺憾なく発揮される歌そのものの求心力には比類がない。

昨秋行われた初の全国ツアー“うたのげんざいち 2021”の最終公演時(10/3@Zepp Fukuoka)、曲を重ねるごとに中村佳穂という《うた》が変容しながら広がっていく様を、息が止まるほど見つめつづけた。いま今作を聴いていると、あの鮮烈な光景がつい昨日のことのように蘇ってくる。あの時、身体が発するリズムを歌にしていく彼女を見ていて、不意に思い出したことがある。

 “好きな人に「好きだ」って言って、
 「わたしもよ」ってこたえてもらえたら
 ウキウキ、スキップして帰るでしょ?
 でも「ごめんなさい……」って言われたら
 ショボーンとなって、トボトボ、トボトボ帰る。
 それが生きるリズム。
 この世界は全部、そういうリズムでできてるんだ”

もうずっと以前、そう話してくれたのはエンケンこと遠藤賢司氏だった。彼女がエンケンさんと似ているということではないが、その身と楽器ひとつで自身の感情だけでなく周囲の色や匂いやヴァイブスを捉えて具音化していく彼女の歌に心を傾けていると、生きるリズムに身体を預け歌に昇華し体現していた純音楽家の魂と、中村佳穂という《うたの在り方》(=生き方)とが、どこまでもシンクロしていく気がする。

今作を携えた全国ツアー“中村佳穂 TOUR ✌︎ NIA・near ✌︎”福岡公演は9/19(月・祝)、福岡国際会議場 メインホールにて開催。「うたう」は「生きる」の同義である中村佳穂のかけがえない一瞬を、ぜひ確かめてほしい。(山崎聡美)

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LIVE INFORMATION

先行あり

中村佳穂 TOUR ✌︎ NIA・near ✌︎

2022年9月19日(月・祝)
福岡国際会議場 メインホール

PROFILE

中村佳穂