『たまらない予感』[DISC REVIEW]

奇妙礼太郎

『たまらない予感』[DISC REVIEW]

奇妙礼太郎の無二の歌に息づく
生きていくことの愛しみと可笑しみ

“手癖でつくる曲は面白くならないことが多い”と、そんな話を幾人かのミュージシャンから聞いたことがある。メロディーやコード感、構成等、そこにリスナーが求める“らしさ”が多分に含まれているとしても、得意なところに辿り着いてしまったものやひとりで完結してしまうものは、自身の想像を超える場所にまでは行きづらいという戒めの意でもあるのだろう。

その意があるか否かはわからないが、奇妙礼太郎は、昨年リリースした2作(ミニアルバム『ハミングバード』・弾き語りカヴァー盤『song book #1』)において、セルフカヴァーを除き自作曲を発表していない。そして、4年ぶりのフルアルバムとなる今作『たまらない予感』は、『ハミングバード』と同様に、早瀬直久(べべチオ)による楽曲・プロデュースのもとで生まれた作品である。

前述の『ハミングバード』の快さは、日本人向けにアレンジされた異国の現地料理にも似たマイルドさで、しかし奇妙礼太郎という歌うたいの心髄をしっかりと捉えていたからこその間口の広さをもって、メーカー移籍第一弾という重責すらも難なく担えていたことだと思う。一方、今作『たまらない予感』の目覚ましさは、奇妙の歌の剛柔の魅力をさらに引き出し、曲それぞれのニュアンスを十二分につたえ、かつ奇妙礼太郎というひとの底の無さを、図らずも顕にしていることだ。

たとえば、冒頭の3曲はいずれもフォークを基調としながらも、1曲目の『あたいのジーンズ』はブルース寄り、2曲目『きになる』はポップスとしての精度も高く、3曲目『かすみ草』はより土臭くエモーショナル。各楽曲がもつ体温や表情も含め、衒うことなく、一寸違わず、豊かな歌に昇華できるシンガーは、そうそういやしない。

さざ波のように抒情的な表現に慈しみが満ちた『大事な話』の静寂に引き込まれ、狂おしさを孕んだ複雑な心理の表現に奇妙の真骨頂が表出する『二度寝』に胸ぐらを掴まれる。また、ソロ作としては新展開の2曲、打ち込みを多用した『RH-』や『ランドリーナイト』に描写されるSNS世代の情景は、違和感にあふれどこか滑稽でもある。踊らずにいられないのと同時に、仄かな戦慄を拭えない。圧巻はラストのタイトルチューン。スウィンギン&スウィート、ジャジー・テイストのサウンドに、これ以上ないほど奇妙のヴォーカルがハマっている。生きていくことの愛(かな)しみと可笑しみを凝縮したその歌は、どうしようもなさと生々しい業(ごう)を炙りだしてやまない。

リリースツアーは5月27日(金)FUKUOKA BEAT STATIONよりスタート。底の無い歌うたいの深間は、ライヴでこそ覗けるところ。今まさに《たまらない予感》はこちらの台詞、《ダメになりそうな予感》しかしないのだ。(山崎聡美)

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RELEASE

たまらない予感

Album

2022.4.13 Release

1. あたいのジーンズ
2. きになる
3. かすみ草
4. くじら
5. 大事な話
6. 二度寝
7. RH-
8. ランドリーナイト
9. 少女漫画
10. 竜の落とし子
11. たまらない予感

LIVE INFORMATION

奇妙礼太郎 「たまらない予感」 Release One Man Live

2022年5月27日(金)
FUKUOKA BEAT STATION

PROFILE

奇妙礼太郎