新作『樹影』は、ネクストレベルでの1stアルバム。

クレイジーケンバンド

取材/文:荒木英喜

新作『樹影』は、ネクストレベルでの1stアルバム。

今年結成25周年を迎えたクレイジーケンバンドが、8月3日に通算22枚目となるアルバム『樹影』をリリースした。昨年もコロナ禍で、カヴァーアルバム『好きなんだよ』を発表した彼らだが、今作はよりサウンドが研ぎ澄まされ、ディープになっている。今作について横山剣は「ネクストレベルの1stアルバム」と語った。その理由や今作に込めた思い、さらには9月末からスタートするツアー「樹影 2022-2023」について訊いた。


──『樹影』はこれまでに比べるとビートやサウンドなどが落ち着いた感じがしました。サウンドプロデューサーのgurasanpark(グラサンパーク)さんの影響もあるのでしょうか?


剣(以下、横山):僕は、音源の具体的なイメージをメンバーに伝達するのが下手で通訳が必要なんです(苦笑)。そこでParkくんが通訳をしてくれる。彼は僕の欲しい音やフィーリングの理解力がすごいんです。お陰で頭の中にある音楽をほとんどブレることなく再生することができました。今までは音数が多いわけでもないのに、ちょっと雑味もありましたが、今回は音の純度が上がったことで重低音がしっかり感じられます。当たり前のことをしたくてもこれまではできませんでしたが、今回やっとできたという感じです。


──グラサンパークさんはいつ頃から関わるようになったのですか?


横山:『GOING TO A GO-GO』(2018年)くらいから間接的に関わるようになり、どんどん年を追うごとにディープな関係になっていって、今や12人目のメンバーというくらいの密度ですね。アレンジやサウンド的なプロデュースも小野瀬、僕、Parkくんと3人でやっています。


──今回も書き下ろしからストック曲までいろんな出自の曲がありますが、剣さんの中で一貫性などはありましたか?


横山:僕の脳内にある音楽をいかにブレなく再生するというか、再生のネクストレベルに到達したかったんですよ。そういう意味ではやっと中学1年生から高校1年生になれたかな?という。22枚目のアルバムなんですけど、ネクストレベルでの1stアルバムという感じですね。


──過去のCKBらしさを残しつつ、次のレベルに到達したと。


横山:「CKBらしさ」という意味では、ジングルの“クレイジーケンバンド”だけは残そうと(笑)。前にも言ったかもしれませんが、ポルシェやベンツもエンブレムは変わりませんが、車自体はどんどん進化している。そういう部分は止められませんし、「CKBらしさ」がよくわからないうちに次のアルバムが出ちゃうという。それが「CKBらしさ」かもしれません。よく言う言葉ですが「変わらないために変わる」という部分は継承しています。


──9曲目『The Roots』は2作前のアルバム『NOW』の候補曲だったそうですが、今回収録した理由を教えてください。

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横山:『NOW』の時は自分のデモ音源に不満があって……。頭の中では明確に音がなっているんですけど、それを再現できませんでした。そういう理由でメンバーさんにはこのデモ音源を聴かせることができなかったんです。今回は、さっきも言ったようにParkくんが通訳となって、頭の中の音楽がブレることなく再現できました。ブルーノ・マーズがアンダーソン・パークと一緒にやったことでさらなる魅力を引き出したように、同じパークだし、J.Y.パークって人もいるし、パークと名がつく人は信用できる(笑)。

クレイジーケンバンド / The Roots(MUSIC VIDEO)

──昨年、カヴァーアルバム『好きなんだよ』をリリースされましたが、これを作ったことで今回の『樹影』への影響はありましたか?


横山:わかりやすく反映された部分があるかはわかりませんが、絶対に何かしらのケミストリーは起きています。それと、“ややこしくしない”ということは勉強になりましたし、“曲をあまり長くしない”ということも。名曲ってけっこう短いんです。シンプル・イズ・ベストってことを70年代、80年代の曲から学びました。それとメロディがとても豊かだと感じたので、今作でもそこは意識しました。


──確かに、今回は1曲1曲がいつも以上に短いですね。


横山:極端に短くしようとは思いませんでしたが、必要な分だけでいいやと。音も入れるだけ入れて、そこに居るんだけど聴感ではあまり感じないというか、出汁や隠し味のように入っている音はあります。それと『好きなんだよ』で、とにかく昔の名曲のアレンジにシビレたんですよ。それまではメロディにシビレていたと思っていたんですけど、実はアレンジだったことに気づきました。曲のキモって実はアレンジなんですよね。ジャンルは違いますけど、例えば少年隊の『仮面舞踏会』は船山基紀さんのアレンジなんですが、マイケル・ジャクソン顔負けのイントロアレンジが必殺ですよね。


──アレンジと言えば、5曲目『莎拉 – Sarah -』が秀逸です。


横山:ずいぶん前に『横山剣自宅録音シリーズ』というカセットを勝手に出していたんですが、その曲はそのカセットにも入ってて。そのアレンジではちょっと出せませんでしたが、アレンジを変えたら化けるかもしれないってことで、ParkくんとDJもやっている高宮永徹さんと組んでやりました。この2人によってマジックがかけられたと思います。歌詞の内容は重いんですが、それを吹き飛ばすように踊ろうと。

「莎拉 – Sarah -」

──別れの歌などもありますが、根底に愛のこもった歌が多いですね。ダークな愛や人間愛なども感じられましたが、そんな気分だったのですか?


横山:その時のバイオリズムや気分とか、ほっといても出てくるものとか、今年はそんなモードだったんでしょうね。コロナ禍でいろんな映画や音楽をインプットする時間があったからかもしれません。過去に途中で観るのをやめた映画を観たり、何度も観た映画をまた観たりして改めて気づいたこともありました。前作の『トップガン』や今年の『トップガン マーヴェリック』も観ました。『ジュラシック・ワールド』も観ましたが、あれは最新作だけ観ても楽しめるんですよ。そういう意味で目指したのが、今回の『樹影』がCKBの入り口になってもいいよって。『樹影』から過去の作品に遡ってもいいし、『樹影』がスタートでもいい。ニューカマーの人が気後れしないように。ライヴではいつもそう思っていましたが、アルバムでは初めてそれを意識しました。今が最高なんだ!って気持ちでいたいですから。


──7曲目『Orange Cinnamon Sunset』の“取るに足らぬ男の美学なんて 燃えないゴミ / すぐに乾く女の涙なんて 薄情け”の歌詞は考えさせられました。


横山:“薄情け”というフレーズは、中条きよしさんの曲『うすなさけ』が元ネタです。あと、小中学生の頃に、演歌にはまっていて、演歌からのフィードバックはけっこうあります(笑)。4曲目『強羅』は箱崎晋一朗さんの『熱海の夜』がルーツになっていたりします。そうした和モノのスパイスを効果的に散りばめてみたかった。

「強羅」

──だから親しみが湧き、ちょっと湿ったような感覚を覚えるんでしょうね。


横山:そうですね。今作のジャケットでも表現したかったのが湿気のある感じというか、高温多湿がイメージにありました。あの車は66年式のバラクーダで、デザイナーさんがあの写真を見つけてくれて、僕の希望でサビとかで汚してもらいました。昼なんだけど薄暗い感じとか、ミャンマーに行った時に撮った右ハンドルのアメ車の写真とか、ジャングルっぽい写真とか、セルジオ・メンデスの『マシュ・ケ・ナダ』のボタニカルなジャケットも見せてピーピーキャーキャー言いながら細かく注文をしまくったので、もう2度と僕とはやりたくないって言われそうです(苦笑)。


──ツアー「樹影 2022-2023」が9月23日の福生市民会館からスタートします。福岡公演はツアー2日目の10月2日(日)福岡国際会議場メインホールですね。今回のツアーの見どころは?


横山:今、『樹影』から10曲くらい練習していまして。レコーディングでしかできないことをかなりやったつもりだったんですが、ライヴ仕様にするのが意外にスムーズでした。いつもはノーマル車をレース仕様にするくらい大変なんですけど、必殺フレーズを変えないかわりにリズムをもっと興奮するビートに変えるといった、車の足回りを固める感じのアレンジです。あと、ヴォーカル的にもあんちょこを見なくても歌える曲が多いですし。


──確かに今回はすぐに口ずさめる曲が多かったです。


横山:パッと歌えるのは『好きなんだよ』を作って、欲していた部分でもありますね。初めての人でも楽しめるコンサートにしたいですし、楽曲的にも去年の『好きなんだよ』ツアーでやっていないカヴァー曲もありますからそんな曲もやるかもしれません。


──逆にお馴染みのリクエストコーナーではマニアックに?


横山:コロナ禍で声は出せないので、テレパシーリクエストをやっています。僕がお客さんに手をかざして、みなさんからのテレパシーで感じとった曲をやります。受けとったリクエストを僕がテレパシーでメンバーに送ると、みんなうなずくんですよ(笑)。これは、信じるか信じないかはあなた次第ってやつですね。2020年の武道館ライヴや配信ライヴくらいからテレパシーリクエストを始めました。


──観客が声を出せないなどコロナでライヴも様変わりしましたが、新たな発見はありましたか?


横山:ピンチこそチャンスという言葉通り、そうしようと思いました。不便なこともありますが、今あるものやできることで何とかしようと考えています。困った時ほどウルトラCのアイデアも生まれますしね。お客さんの反応でも今までだとわーっと盛り上がっていた曲が、今ではしっかりと聴く曲になっていたり、声を出さなくても盛り上がっている“気”は伝わってきます。それにうっかり声を出しちゃうお客さんもいますけど、その時は「シーっ」てジェスチャーで伝えるという新しいこともできるようになりました。コロナを逆手にとるというか、このアルバムもコロナじゃなかったら違う内容になっていたでしょうし。
あと、還暦過ぎてからフットワークが軽くなったというか、カッコつけるよりも楽しんでいただくことに特化するようになりました。僕らの永ちゃん(矢沢永吉)や(山下)達郎さんなどの先輩たちがどんどんアグレッシヴになっている感じがします。先輩がまだまだバリバリなので、僕ら下の世代はチンピラでいられる(笑)。それを伸びしろと考えて、まだ先に楽しみがあると。

クレイジーケンバンド / ドバイ(MUSIC VIDEO)
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LIVE INFORMATION

CRAZY KEN BAND TOUR 樹影 2022-2023 Presented by TATSUYA BUSSAN

2022年10月2日(日)
福岡国際会議場メインホール

PROFILE

クレイジーケンバンド

1997年に横山剣を中心にバンド結成。翌年アルバム『PUNCH!PUNCH!PUNCH!』でデビュー。ニューソウル、ファンク、ジャズ、ロック、ボサノバ、演歌などあらゆるジャンルの音楽を飲み込み、CKBサウンドに昇華させる、東洋一のサウンド・マシーン。人の強さや弱さ、人情などがにじみ出た歌詞はオリジナリティに溢れ、聴く者の心に届く。唯一無二の世界観で魅了するライヴパフォーマンスは初めての人でも楽しめる内容で、多くの人を虜にしている。