結成10年、解像度を上げて
脈々とつながる楽しい音楽を。

Helsinki Lambda Club

取材/文:前田亜礼

結成10年、解像度を上げて<br>脈々とつながる楽しい音楽を。

日本の音楽シーンにおいて、ジャンルの枠では語れないほど多様性に満ちたバンドやアーティストが肩を並べる現在だが、Helsinki Lambda Clubほど、そのボーダレスな音楽性で「なにコレ、楽しい!」的なミクスチャーサウンドを味わうことのできるバンドはいるだろうか。結成10周年を迎え、制作した記念すべき3rdフル・アルバム『ヘルシンキラムダクラブへようこそ』は、聴き手をそんな高揚感や歓喜に包み込む彼らの代表作である。異国のみならず異次元を旅するように、めくるめく音のワンダーランドへと誘うワールドワイドな作品について、橋本薫(Vo,Gt)にインタビュー!

──結成10周年、おめでとうございます。アルバムについて伺う前に、最近の活動では7月初旬に香港のフェス「Ear Up Music Festival」に出演されましたね。“今、聴くべきアーティスト”ということで、アジアから海外アーティストが100組以上集結した大規模フェスに選出されたこと、実際にステージに上がってどうでしたか?

初めて海外でライヴしたのが香港だったんです。その時に手伝ってくれた現地のイベンタースタッフの方からのオファーだったんですけど、1回目が良くなかったらきっとオファーもなかったと思うので、自信を持って参加しました。香港でのライヴって国自体の盛り上がりと比例しているような印象を受けましたが、今回はコロナ前にも増して、活気がすごかったです。アジアのバンドがたくさん出てたんですけど、どのバンドもグルーヴが根幹にしっかりあって、日本のドメスティックな市場にはないグローバルな闘い方をしてるなって、すごく勉強になりました。

──出演アーティストからの注目度も高かったのではないかなと推測しますが、手応えやつながりができたといったようなエピソードはありましたか?

今作では、FORD TRIOというタイのバンドと音源データをやり取りしつつ作った、ごちゃ混ぜ感の楽しい楽曲『愛想のないブレイク』を収録していたりするんですね。去年初めて出会ってレコーディングに参加した時から、結構良い形で信頼関係を築けてるなって自分では思っていたし、僕自身タイが好きで、タイの人とも結構肌が合うなってずっと思ってて。フェスでもタイのバンドが結構出てたんですけど、今回、香港で初めましてのバンドが僕らのライヴを見てくれてて、終わってすぐ「すごい良かったよ」って言ってくれたり、つながりができたことも嬉しかったです。

──海外のフェスって、つながって何かの縁が生まれるかもしれないですし、種を蒔くような機会でもあるかもしれませんね。ここ数年の活動や心持ちで、今作の方向性がかたちづくられていったのではないかと思いますが、橋本さん自身やバンドとして変化はありましたか?

ポジティブな面でもネガティブな面でも、このコロナ禍というものが自分にはいちばん影響して、人生そのものも、音楽活動においても大きかったなとは思うんです。必然的に1人の時間も多くなった中で、今年が10周年の節目というのもあって、今までより自分自身に向き合う機会が持てた数年だったと思うんですね。そこから少しずつ見えてきたものがあったことで、 活動の方向も見えてきたような感じはしています。

──メンバーともアルバム制作の方向性みたいなものは話し合ったんですか?

そんなに話し合うことはなかったですね。去年はとくにメンバー同士で遊んだりしていましたし。プライベートでも内側の信頼関係とかをちゃんと築き上げられた年だったように思います。僕のイメージしているものに自然とついてきてくれる感じがあって、理解力がより深まったおかげで、このアルバムがうまくまとまったかなって。

──橋本さんはアルバムについて「テーマパークのような作品」という風に表現されていますよね。ジャケットのアートワークも、ニューヨークを拠点に活躍するコラージュアーティスト、ジョアンナ・グッドマンを起用した鮮やかでマジカルなデザインが楽しくて。まさに自宅にいながらにして、無国籍なパラレルワールド感やテーマパークを超えた楽しさをまず感じました。ループして聴いているうちに、楽しさだけでなく、光あるところの影や闇の部分まで感じとれる、多面的な深みも感じます。ファンにとっても、初めましての方にとっても、10年分のHLCが詰まっている今作は、バンドの本質や確信に触れられる機会になるのではと。改めて『ヘルシンキラムダクラブへようこそ』と冠した思いを聞かせてください。

シンプルにいえば、10年やってきて、ようやく思ってたヘルシンキらしさみたいなものができてきた、というところで「ようこそ」って言えるようになったかなと。半分セルフタイトルみたいでもあるんですけど、自分たちがどういうスタンスでいるか、わかりやすくタイトルから伝えたかったんです。

昔から自分が好きな音楽自体も、自分が作りたいと思う音楽も、簡単に消費されて終わる音楽でなく、脈々と何かしらのかたちで長く聴かれてつながれるような音楽が好きだし、そうしたいと思うんですね。で、そういう音楽であるために何が必要かっていうと、これはエンジニアさんともよく話すんですけど、「楽曲の強度」が大事だと。その強度って何だろうって話にどんどんなっていくんです。でも、それと同時に「マインド」も必要になってきて、そういう意味でいちばんは「自分がいかに納得するか」というところが大きかったですね。

──そう言う意味ではHLCらしさ=楽しさがストレートに伝わってくる中に、自身と向き合って作った楽曲に、様々なアーティストや作り手と混じり合いながら生まれていったという要素や空気感も滲んでいますね。自身と向き合ってつくったという側面では、例えば、海外ドラマ「フレンズ」のキャラと重ねて作ったという『Chandler Bing』は、橋本さんの楽曲解説にあったように、他者との間に張っていた自分の膜を破るような試みが伝わってくるような気がします。

楽器の選び方ひとつとっても変化があって。この曲は生楽器にこだわる楽曲ではなかったし、僕自身シンセに詳しい人間ではないので、最初は普通にデジタルシンセを使おうとしてたんです。でも、いざエンジニアさんからアナログシンセを試しに借りてみたら、質感が全然違う。これはもうシンセって一括りにするんじゃなく、別の楽器として捉えるべきだなってぐらい違うんだって衝撃でもあって。この曲に限らず、ギターひとつにしても楽器1つひとつの特性を見極めて解像度を上げていく作業を意識しました。言葉選びにしてもちょっと立ち止まって、無自覚だった部分を精査するみたいな感覚が出てきたかもしれません。

──「混じり合う」という要素では、今回、never young beachのベーシスト・巽啓伍をギターに、ニガミ17才などのサポートドラムとしても活躍する谷朋彦をドラムに迎えて、初めて合宿を行ったそうですね。

気持ちはラフに、合宿でみんなと曲を作ってみたらどういう曲が生まれるんだろうという好奇心がでかかったです。いつも遊んでるメンツに声をかけて、行ける人は行こうぐらいの軽いノリで提案して。

アルバムの前半が終わって、後半の最初の曲であるハードロックな試みの『Golden Morning』とラストの楽曲『See The Light』の2曲を収録しました。『Golden Morning』に関して言えば、 合宿に行く前から、よくあるハードロックのリフなんですけどメインのリフを僕がストックとして持ってて。このフレーズは多分みんなで合わせたら、きっと想像を超えて良くなっていくだろうなって自然と思ってたので、試したかったことのひとつって感じで持っていきました。みんなもアナログのリズムマシーンとか自分のパートじゃない楽器を持参してきてくれたり、すごい楽しむ感じで作り込んでいけました。

『See The Light』は、合宿のハイライトな瞬間にできた7分半の超大作です。初日、お昼からずっと音を鳴らしてて、一応夜中の12時ぐらいでやめにしようと思ってたんです。でも誰も全然やめなくて、1回ちょっと休憩しようってその曲を爆音で流してたら、休憩のつもりがみんなすぐ触発されて。そっからまた各々楽器取り出して、どんどん音重ねてって、20分ぐらいゾーンに入った状態で、出来上がったのが原型でしたね。みんなが感じた恍惚感とか熱量とか楽しさをなるべく鮮度の高いまま保って、アレンジもレコーディングも進めていきました。

──柴田聡子さんとのコラボ曲『触れてみた』もまた別の次元で「混ざり合う」感がありますよね。暗闇の中、在るのは月明かりと2人だけの世界。そんな映像や余白が浮かんでくる立体感のある楽曲で引き込まれました。柴田さんに声をかけられた理由は?

この曲を作っている途中で、昭和歌謡じゃないですけど女性とデュエットの香りがしたんですね。女性アーティストの方を思い浮かべたときに、曲自体の裏コンセプトが「平安ラブ」なんですけど、情報の少なさとかピュアさ、ある種無垢な感じとかいうものができるだけ表現できたらいいなと思って。これはもう勝手な僕の想像でしかないんですけど、柴田さんの持つ、大人な面と少女みたいな面の2面性のバランス感覚がハマるんじゃないかなと思ってお声がけさせていただきました。聴いたものからさらに触発されて、想定よりも多く声を入れさせていただきました。

──そして、ダビー感や疾走感、刹那的な情景が入り混じるリード曲『バケーションに沿って』もまたHLCの魅力全開で、きっと多くの音楽ファンの耳に止まるのではないかと思います。全11曲、完成したときの気持ちはどうでしたか?

多面的なアルバムの中で、『バケーションに沿って』は外に向けて、アルバムの楽しさとかポップさの部分を象徴している曲です。アルバムの流れにしても、外から内へ……すごくポップでキャッチーな曲調から入って、心地良さをそのまま感じてもらって、気づいたらもう中盤あたりで沼にハマってて。最後はもうドーン!ってくる感じで、人によっては毎日聴ける仕上がりになってるんじゃないかなと思います。刺激もほどほどに、ストーリーも感じてもらいながら、とにかく楽しんでもらいたい!ですね。

全部作り終えてみて、ようやく自分の中のことが少し理解できたみたいなところがあって。ずっと思い続けたことではあるんですけど、曲を作って、出して、 聴いてっていうのは、すごくセラピー的な作業なんだなって。10年やってきて改めて思いました。

──ここからまたポジティブモードで、8月末から9月にかけてツアーが始まりますね。福岡公演は9月3日。橋本さんは福岡ご出身ですが、今の福岡の印象や、どんなステージにしたいか思いを聞かせていただけますか。

今は実家もないんですが、福岡に住んでた中高生時代って、パンクとかメロコアとか聴きながら、百道のほうへ自転車を走らせたりしていました。アメリカの西海岸とかを勝手に脳内で重ねてたりして(笑)。福岡って、やっぱり音楽がめちゃくちゃ似合う土地だし、アジアとの距離が近いのも良いですよね。どんどんかっこいいバンドが出てきてるし、世界を見据えながらやってるオーバーグラウンドなアーティストの方も多いので、僕たちも国内にとどまらず、楽しいことが起こるいろんなところで関わっていきたいなって気持ちは大きいです。

あと、福岡へ行く時って、楽しいしベストは尽くしてるんですけど、もっと良いとこ見せたいなっていう気持ちは正直あるんで、すごく地味な答えなんですけど、良い状態でライヴできるように努めたいです。福岡は地元、みたいな感覚をまた一緒に味わえたら!

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LIVE INFORMATION

Helsinki Lambda Club 10th Anniversary Tour「ヘルシンキラムダクラブへようこそ」

2023年9月3日(日)
福岡 The Voodoo Lounge

PROFILE

Helsinki Lambda Club

2013 年夏に結成。作詞作曲をメインで手がける橋本薫(Vo,Gt)、熊谷太起 (Gt)、稲葉航大(Ba)からなる日本のオルタナティブ・ロックバンド。中毒性の高いメロディ、遊び心のある歌詞、実験的なサウンドは、一曲ではガレージロック、次の曲ではファンクやソウルと変幻し、音楽的ジャンルや文化の垣根を越える。国内のフェス出演に加え、香港、北京、上海、台湾等でツアーを行うなど、日本の音楽シーンを担う存在となっている。アメリカやイギリスのロックが言語を問わず世界に受け入れられたように、ヘルシンキラムダクラブもまた、リスナーに高揚感と快感を与える純粋な音楽の力を持つ。