切り開き、つくり続ける。
その先に想像する光の方へ。

ヒグチアイ

取材/文:前田亜礼

切り開き、つくり続ける。<br>その先に想像する光の方へ。

タイアップ曲や楽曲提供、自身が監修する雑誌や恋愛カルタの制作など、創作と表現活動を積み重ね、深化し続けているヒグチアイ。待望の5thアルバム『未成線上』には、アルバム新録曲5作品と、『悪魔の子』に続く「進撃の巨人」The Final Season完結編エンディングテーマ『いってらっしゃい』などのタイアップ曲を含む全11曲を収録。ヒグチアイという音楽が切り開き、つくり続けている未完の路線。新たに生まれた道の先に、私たちはどんな景色を見ることができるのだろう。

──ここ最近のインタビュー記事を拝見していた中で、「大きな1周目を終えた感じがしている」という発言が目に留まりました。今作『未成線上』は、どんな気持ちでかたちにしていったのでしょう?

2023年は本当に曲をいっぱい書いていたので、アウトプットばかりの一年でした。2022年に『悪魔の子』が出た時に、いろんな人に聴いてもらって一気にヒグチアイっていう名前を知ってくれる人も増えました。それも1つの目標だったので、一旦その夢が叶って、「じゃあ、どうしようかな」ってなったとき、「その先、まだまだ生きていかなきゃいけない」ということを考えた2023年だったかなと思います。

悪魔の子

ニュー・アルバムについては、最初、去年の春ぐらいのリリースで進行していたんですね。それがちょっとずつずれていって、その間に新しく浮かんだ曲や部分的なものも含めて、とにかく50曲ぐらいたくさん曲を書いたんです。その中からアルバム曲を選んで並べてみたら、『未成線上』というアルバムの名前になりました。

──“未成線”とは、“未だ完成していない路線”という意味なんですね。1月10日に先行リリースされた『大航海』ですが、オープニングにふさわしい疾走感のあるサウンドで、人生の大海原で荒波に揉まれている主人公に聴き手が自分を重ねられるような楽曲だなと感じました。「人生は一度きり」「成せないことに慣れてしまうなよ」という歌詞が、『未成線上』というタイトルにリンクする風にも受け取りました。

大航海

今、私は34なんですけど、年を重ねていくうちに衝動的な感情みたいなものが薄れていって、昔なりたかった穏やかな人にはなれている気がするんですよ。昔はもっと感情の起伏も激しかったし、常に誰かに怒ってたりとかもしてたし、それがしんどかった。でも、今の安定している自分は、あの時の感情にはもうなれないんだなということが、何かをつくっていく人間として大丈夫なんだろうか、とも思えてきて。戻れない場所にいることも知っているし、この先にもしかしたら新しいものが待ってるかもしれないけれど、まだあの時の感情みたいなものにすがっている。そんな狭間にいるような気持ちで書いたこの曲があってこその『未成線上』だなという感じはします。

──4〜6曲目は新録のラヴ・ソングが続きます。さまざまな恋愛のかたちが描かれていますが、自分から湧き出る「愛」という感情を改めて俯瞰で見つめてみると、気づかなかった自分を知ることや時に手放すことも大事だと、主人公たちが教えてくれている気がします。『このホシよ』は、ピアノとヴォーカルだけの編成で歌の世界観が研ぎ澄まされていて、アルバムの中でも究極のラヴ・ソングだと思いました。

『最後にひとつ』は、別れたところからもうだいぶ先へ進んできてしまって、いろんな出会いを繰り返して、枝分かれしていった時に、別れた、傷つけられた、傷つけた…記憶の中ではあまり大切なものとして残っていないことに気づいたりする。だけど、ここまで来れて、この今落ち着いた幸せがあるってことは、選択が一つでも違ったらこうなっていないってことでその人のおかげだったりするかもしれないな、っていう歌です。

『わがまま』と『このホシよ』に関しては、うまくいくかもしれないその瞬間、この今幸せだなって思った瞬間に全てを終わらせたいという、幸せになることへの不安、いつかは不幸になってしまうんじゃないかって、常にそう考えてしまう自分の性格がすごく出ている気がします。特に『このホシよ』は、「この幸せがなくなるんだとしたら、この星が滅んでほしい」って、私自身、そんな衝動を持ってることがちょっと怖くて(笑)。それも「この先を生きていくのが大変だな」と思ってるからこそ、今ここで終わりにしたいみたいな気持ちがあって繋がっているのかなって…でも、共感してくれる人がいる気がするんですけどね。

──『mmm(ハミング)』は、コロナ禍の出来事や気持ちを歌った楽曲ですね。ハミングからラララへと、サウンドが徐々に力強くなっていくところに、人間の逞しさを信じたいと感じました。

世の中がコロナ禍になった時に、自分が書く曲全て、意味が変わってしまったというか。あなたと触れ合って恋愛をしていくみたいなことがこの時代に合わないとか、頑張ろうっていう曲も「いや、でも、今できないじゃん」みたいな。そんなことを一度、題材にして曲を書かないと先に進めないなっていう風に思った時期があって、3年前にこの曲を書きました。歌詞には、俯瞰して現実こんなことがあったよっていうことが入ってるんです。で、完成したこの曲を1つ前のアルバム『最悪最愛』に入れようかどうしようか迷った時に、まだその傷がしっかり癒えてない生傷の状態でその曲を入れると、歌でなくて記録なだけになっちゃう気がしたんですね。ライヴハウスで、一緒にラララで歌えるようになってきて、曲として聴けるようになったのが今かなと思ったので、やっとこのアルバムに入れられたという気持ちです。

──今作での音づくりについても伺いたいんですが、アレンジに携わった方々とのエピソードや印象的だったことはありますか。

恋の色

今回は、宮田‘レフティ’リョウさん、それから私の妹であるひぐちけい、THE CHARM PARKさん、fox capture plan、Yamato Kasaiさん…もともと親交のあった人、あとは自分の好きなアーティストに携わってもらっています。面白かったのは、妹と一緒にアレンジを考えている時、彼女の性格もどういうギターを弾くかもわかってるから、「あんまり強く言ったら機嫌そこねるかな?」とか、姉妹ならではの駆け引きを経て、生み出された楽曲もあります。

fox capture planと一緒に作った楽曲は、ピアノをfoxの岸本さんが弾いてくれてるんです。ライヴではそのピアノを私が演奏するので弾いてみたら、何年ぶりぐらいに思ったんだろうっていうぐらいにピアノが楽しくて。もっと自由に弾けるようになりたいと思って、自分で『このホシよ』のピアノアレンジを考えたりもしています。

あとは、『大航海』と『mmm』のメンバーは、10年前ぐらいから一緒にバンドなどでサポートしてくださってる、東京事変の刄田綴色さん(Dr)と、山崎英明さん(Ba)です。

──次に、タイアップ曲について伺いますが、昨夏、連続リリースしたラヴ・ソング3部作も収録されています。つくり方も様々だとは思うんですが、それぞれテーマの違和感もなく、それでいてヒグチさんらしさを感じます。

『自販機の恋』に関しては、自分1人でゼロから作ったら絶対に書けなかった曲なので、すごく楽しかったです。もともとこの映画の原作が本当に大好きで。自分の音楽とは違う部分のワクワクも一緒に込められたと思います。こういう可愛らしさや、今まで私がBLからもらった楽しさも全部詰め込めた曲なので、そういう意味で好きな曲です。

自販機の恋

──BOYS LOVEがテーマにあるものの、自由に個々が尊重し合える時代になってきている今、どんな人にも届く歌になっているところがまた素敵です。

そうなんです。多様性の時代になってきた時に、私とあなた、僕と君みたいな 1人称みたいなところをすごく考えるようになったし、限定する曲にしたくないなとか、ずっと考えてはいたんです。だけど、広げすぎちゃうと、小さなことが歌えなくなってしまうんじゃないかっていう葛藤があった中、今回、男の子同士っていうテーマがありつつ、みんなに伝わるような楽曲に挑戦できて面白かったです。

──日常の描写や心の声を重ね合わせながら、その楽曲の本質の部分に聴き手が到達し、共感、共鳴するような…そこがヒグチさんの音楽のすごく魅力的な部分ですよね。

本当に、「日常がすべて」だと私は思っているので、もちろん、大きなことを歌えるような人間性を持っていたらいいんだろうけど、 私はやっぱり自分のことで精一杯だし、周りの人を大切にすることで精一杯だなって思うんです。だけど、それが繋がっていれば、いつか最終的な目標としては、世界平和の話になる気がするんですね。周りの人を大切にする、隣の人を大切にする、その日常の話をしていくことが自分の役割かなって最近思ってます。

──映画「女子大小路の名探偵」の挿入歌『誰でもない街』はアップテンポで、アルバムの中でもアクセントになっています。

誰でもない街

探偵ものってジャジーな曲が多いですよね。私は大学でジャズ科を専攻していたので、ジャジーなものは声的に合うんじゃないかって。この曲づくりも楽しかったですね。どっちかというと、歌詞のほうが難しかったです。まだ伏線を張っただけみたいな状態のところで流れる曲だったので、かなり手探りで書きました。やっぱり書く理由があるもの、例えば、新しい考え方や思考の方程式みたいなものを自分で発見することが楽しいので、できればタイアップの曲づくりでもそうしたいと思ってます。

──そういう意味では、アルバムのラストを飾る『いってらっしゃい』は、「進撃の巨人」ファイナルシーズンの完結編エンディングテーマということで、『悪魔の子』からの地続きの制作として難しいものがありましたか?

いってらっしゃい

難しかったですね。『悪魔の子』で、私が思う「進撃の巨人」というものを書き切ってしまったので、そこから新たに、それ以外の自分の言葉で曲を構築していくのがすごく難しかった。ですから、今回は、見ている人に寄り添うことだけを考えた曲になりました。でも、本当にすごく悲しくて辛くても、光がある、前を向けるものが曲の最後にほしいなと思っていて。それこそ『未成線上』の話も同じで、残されたものはまだ生きていかなきゃいけない。アニメを見ている視聴者にしてもあのアニメが終わってからも自分の生活は続いていくという中で、いつまでも悲しんでいられないところがあるような気がして、だから、そこにちょっと希望を持ってもらえるような曲をと意識しました。

──新しい楽曲群を連れてのツアーの話へ。今回バンドと弾き語りの2編成のなかで、福岡は弾き語りライヴです。『大航海』や『いってらっしゃい』などの壮大な楽曲がライヴ仕様のソロ・アレンジで聴けるのも楽しみです。

バンドでの壮大な演奏になると、全体を聴く感じになって、それはそれですごくいいんですけど、弾き語りというミニマムな編成になると、そこに個性が入って、よりわかりやすくなってくるような気がします。で、そういう風に歌詞をじっくり聴いていると、自分のことを考えたり、ひとりにもなれるような気がして。そういう意味で、弾き語りの面白さは、音源とは全く違うアレンジになると思うので、つくった時のできたての感覚、いちばん生々しい感じの音楽を楽しんでもらいたいですし、この瞬間しかない私を観に来ていただければ。あと、カレー好きとしては、福岡のカレー行脚もこっそり楽しみにしています(笑)。

SHARE

LIVE INFORMATION

HIGUCHIAI solo tour 2024 [ 未成線上 ]

2024年3月24日(日)
ROOMS
※SOLD OUT THANKS!!

PROFILE

ヒグチアイ

平成元年生まれ。シンガーソングライター。2歳の頃からクラシックピアノを習い、その後ヴァイオリン・合唱・声楽・ドラム・ギターなどを経験、様々な音楽に触れる。18歳より鍵盤弾き語りをメインとして活動を開始。2016年、1stアルバム『百六十度』でメジャー・デビュー。 大型フェスへの出演を果たし、静と動、躍動するピアノと熱情的なアルトヴォイスで、業界内外の音楽ファンを魅了する。2022年、TVアニメ「進撃の巨人」The Final Season Part2のエンディングに抜擢され『悪魔の子』を書き下ろし話題に。2024年1月、5thアルバム『未成線上』を発表。