音楽を聴いている間は、現実から離れて心を解放させてほしい。
堀込泰行
取材/文:前田亜礼
INTERVIEW
2年半ぶりとなる、堀込泰行の3rdオリジナル・アルバム『FRUITFUL』。「音楽仲間と一緒に、自分が好きな音を組み立てていった」という今作は、共同プロデューサーを迎えて制作された。個性の異なる緻密なサウンド・クリエーションと堀込のヴォーカルがおおらかな調和や一体感を生み、まさにFRUITFUL=「実りある」アルバムに仕上がっている。作品について訊く前に、制作に取りかかるまでの心境や活動状況はどうだったのだろう。
堀込:僕の場合は弾き語りでのラジオ出演や配信ライヴがあったので、コロナの影響でスケジュールが真っ白になってしまうというようなことはなく、わりと忙しく過ごしていました。そういった中で、今後のライヴのあり方は、今までのように目の前のお客さんに向かって演奏するということだけでなく、生配信やアーカイブでも楽しんでもらう、そういった形に変化していくのだろうなと思いました。小さいお子さんがいたり、仕事の都合、住んでいる地域の関係などでライヴに足を運ぶのが難しかった方々には、良いことだと思いますし、コロナ禍でも存分に楽しんでもらおうということで、配信する側の技術も進んだと思います。
音楽を楽しむ環境に幅が広がったということは、きっと今まで以上に音楽を身近に感じ、愛おしむ人が増えていることでもあるにちがいない。そうしたポジティブな心持ちの中、今作の制作は、冨田謙(キーボーディスト)、八橋義幸(ギタリスト)、柏井日向(サウンド・エンジニア)という共同プロデューサーを迎えて進められたのだ。
堀込:僕は色んなタイプの曲を書くので、まず“そのどれにも対応することができ、なおかつ僕にない部分を補ってくれる”方がいいなと考えたんです。だったら一人のプロデューサーにお願いするよりも、共同でプロデュースするのが良いなと。幅広く音楽を知っていて、微妙なニュアンスも共有できる音楽仲間、それぞれに声をかけさせて頂いてチームを組みました。
昨年9月からアルバムの打ち合わせを始め、制作陣とは11月半ばから本格的に作業に入り、集中して進めていったという。
堀込:まず僕の家でザックリとしたプリプロをやることから始まり、その中で意見交換をしたり、基本的なアレンジの方向性を決めていきました。その後、自然とアレンジのまとめ役は冨田さんになり、メインのギターは八橋さん、僕はいくつかの曲のバッキングギターと、歌、コーラスアレンジを担当。音響面での聴かせ方はサウンドエンジニアの柏井くんが担当、といった感じで、それぞれの得意分野を担う形になりました。
今作を多面的な表情に個性づけていった共同プロデューサー。堀込が語る、それぞれのキャリアや人物像から、作品の魅力が見えてくる。
堀込:冨田さんはアレンジャーとして優れているのはもちろんですが、エレクトロニカからカントリーのようなルーツミュージックまで、幅広いジャンルに精通しています。僕の書くどんなタイプの曲にもセンス良く対応してくれる、本当に稀有な存在です。
八橋さんもまた、オルタナティヴなロックからトラッドまで幅広く音楽を愛する人。ギターのみならず、バンジョーやマンドリン、チェロに至るまで、色んな弦楽器を追求していて、確かなテクニックとセンスでサウンドに大きく貢献してくれています。『5月のシンフォニー』のサビ前の転調のアイディアは、八橋さんからの提案で、そのおかげで曲のクオリティがぐっと上がりました。
柏井くんとはキリンジの初期の頃からの付き合いで勝手知ったる間柄ではありますが、エンジニア兼プロデューサーとしてお願いしたのは今回が初めて。他の2人同様、新しいものにも古いものにも精通していますが、僕らの中ではヒップホップやR&Bに一番強いんです。あと、年齢的に一番年下ですが、一番大人です(笑)。歌詞の面でも色々意見してくれて、柏井くんのアイディアが採用された箇所もあります。
信頼のおけるプロデューサー陣とともに、レコーディングメンバーもまた才気あふれる面々が勢揃いしている。共同プロデューサーの3人に加え、沖山優司(Ba)、千ヶ崎学(Ba)、伊藤大地(Dr)、坂田学(Dr)、松井泉(Percussion)、永井隆太郎(Horn)が参加。いずれも「自分が好きな音を組み立てていけるミュージシャンに声をかけた」という。中でも、ドラマー2人の起用は作品にどう作用しているのだろう。
堀込:2人とも歌心があってイマジネーションにあふれた素晴らしいドラマーなので、かねてからぜひ一緒にレコーディングしたいと思っていました。伊藤大地さんの場合は、ベーシストの沖山優司さんとのコンビだったので、お願いした曲はタイトなニューウェーヴっぽいものやエレクトロニカ的な尖ったサウンドのもの。坂田学さんの場合は、ベーシストが千ヶ崎学さんだったので、ウッドベースを使用する曲や人間的な温かみのある曲が多くなりました。
収録曲は全9曲。オープニングとエンディングを繋ぐ『Stars』は、日常を歌いながらドラマティックかつ静かなパワーをもらえる印象的な楽曲だ。
堀込:曲順はDJ的な発想で、スライドギター・インスト『Sunday Driver』を挿んで、レコードのA面、B面をイメージして心地良い並びを目指しました。『Stars』はアルバムの最初と最後を飾る曲なので、今回の収録曲の中でも個人的に思い入れがあります。レコーディング終了後に気づいたのですが、他の曲でも“星”や“月”といった言葉が多く見られ、意図せず曲それぞれの不思議な関係性を想像できたりもして面白いなと思いました。
『Stars』とともに、アルバムの核ともいえるのが『5月のシンフォニー』だろう。温かみのあるアコースティック・サウンドと、光や風、森のざわめき…躍動する自然界の映像が浮かんでくる歌詞が、聴き手に高揚感と安らぎを与えてくれる。この曲について、堀込は「不安から解放されるユートピアのような曲を作りたいと思った」とラジオの場でも語っており、リリース前から“多幸感あふれる名曲”として、リスナーから多くの反響が寄せられている。
堀込:『5月のシンフォニー』はとくに気に入っている曲です。去年の5月にリリースした『Sunday in the park + STUTS』も、初夏の開放感を楽しんでもらいたくて作った曲ですが、残念ながらコロナによる緊急事態宣言の真っ只中でした。ただ、僕自身あの曲を聴いている間は曲の世界に入り込んでリラックスすることができました。今回の『5月のシンフォニー』では、そういった経験をもとに、予想以上に長引くコロナ禍のもと、やはり音楽を聴いている間は現実から離れて心を解放させてほしい、そんな気持ちで作りました。
作詞の面から作品を見つめ、心を寄せたり共感を覚えることもまた音楽の良さの一つだ。今作ではとくに「人間」について思いを馳せた、タイプの異なる2つの楽曲が収録されている。
堀込:2曲目の『Here, There And Everywhere』は、この曲の作詞をしている頃、ネットリンチやSNSでの誹謗中傷を受けての自殺、また未だに根強く存在し、コロナ禍によってさらに浮き彫りになった肌の色での人種差別など、世の中の情勢に特別敏感でない僕でも看過できない問題がニュースなどで大きく取り上げられていました。僕自身は露骨にこのような体験はしたことはありませんが、誰にとっても人ごとではない問題として『Here, There And Everywhere』というタイトルをつけました。ちなみに『君と僕』という曲でも「人と人の関係」を歌っています。
また、シンガーソング・ライターの阿部芙蓉美に作詞をオファーしたトロピカルなレゲエ・チューン『光線』も、詞とメロディの調和が心地よくアルバムに溶け込んでいる。
堀込:僕自身が阿部芙蓉美さんの音楽のファンで、ヴォーカルや無駄のないサウンドはもちろんのこと、歌詞の世界観(繊細だけどジメッとしていない感じ、シンプルゆえに饒舌な言葉達、時に人を煙に巻くようなユーモアなど)に魅力を感じていました。かねてからアルバムの収録曲の全ての作詞が自分でなくても良いのではと思っていたので、この機会に是非にとお願いしました。
そして何と言っても、詞とメロディを引き立て、様々なジャンルを跨いだ楽曲群を聴き応えのあるものへと昇華させていくサウンド・アプローチに、チームの力量が感じ取れる。多様な楽器やコーラスなどを取り入れ、緻密に練られた中でも、とりわけ『涙をふいて』は共同作業ならではのアレンジ力でデモから磨きがかかっていったようだ。
堀込:この曲は制作チームのメンバーそれぞれのアイディアが反映されています。まず最初のデモの段階では Aメロの4つのコードの繰り返し(いわゆるワンループ)の中で、色んな楽器やフレーズの出入りによって曲に変化をつけていく予定でしたが、八橋さんから「サビの部分はコードを展開したい」との意見が出たんです。それを受けて僕がサビの展開を考え、その後冨田さんがあの曲の肝となるいくつものシンセや効果音からなるシーケンスのトラックを作り、柏井くんがドラムキットの録音でパーツ毎に敢えて違う空間で録るアイディアを持ち込んで…といった感じで、レコーディングが進むたびに自分たちも盛り上がっていったのを覚えています。ヴォーカルについては「静かに、だけどソウルフルに」というようなことを意識して歌いました。サビのコーラスは“賛美歌のような救い”をイメージして声を重ねていきました。
「気づけば自然と半年くらいお酒を飲んでいなかった」という言葉からも、制作過程の段階から“FRUITFUL”な時間を仲間と共有していたことが窺える今作。マスタリングを終えた時の気持ちは格別だったろう。
堀込:ZETTONさんのマスタリングが素晴らしく、柏井くんのミックスの良さが損なわれることなく且つしっかりした音圧のある仕上がりになっていたので皆一様に感動し、ワクワクした気持ちでレコーディングを終了することができました。マスタリングでワクワクしたのは初めてですね。いつもはどこか不安な気持ちがあるので。あとは何と言っても、初めて組んだ共同プロデュースのチームで、コロナによるリモート作業を余儀なくされる中、LINEで綿密に意見交換をしながら、一つのアルバムを作り終えたこと、その出来栄えに皆で満足感を共有できたことをとても嬉しく思いました。皆眠そうだけど顔がホクホクしてましたね。
今作に込めた思いの一つである「不安からの解放」。その言葉通り、『FRUITFUL』は聴き手の、ともするとうつむきがちな心の琴線に沁み入り、気持ちを弾ませる包容力のある作品になっている。4月17日には生配信番組「堀込泰行 Presents “ヤスー!ショッピング”」と題した新しいスタイルのオンラインキャンペーンを開催予定。なかなかリアルで会えない日々が続く中、いま伝えたい言葉を最後にもらった。
堀込:チームを組んでの共同プロデュースという、自身初の試みで超オススメのアルバムが出来ました!ぜひぜひ聴いてみてください。また、ツアーで回れない場所にもフェスやイベントで出演します。どこかでお会いできることを楽しみにしています!
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PROFILE
堀込泰行
1997年、兄弟バンド「キリンジ」のVo,Gtとしてデビュー。2013年4月、同バンドを脱退。ソロ・アーティストとして、2014年11月、1stシングル『ブランニュー・ソング』でデビュー。これまでに4枚のアルバムを発表し、類まれなメロディメーカーとして多くの音楽ファンを魅了し続けている。6月には東名阪ツアーの開催も決定。