未知に挑んで摑んだニューアルバム 
限界も諦観も超えて臨む新たな未来

日食なつこ

取材/文:山崎聡美

未知に挑んで摑んだニューアルバム <br>限界も諦観も超えて臨む新たな未来

大反響を呼んだ活動15周年のアニバーサリー企画を終え、いよいよ本筋へと踏み出した日食なつこ。前代未聞の未発表曲ツアー《エリア未来》での披露曲をパッケージしたニューアルバム『銀化』をこの5月にリリース。オーディエンスの共鳴もろとも磨き抜いた10曲に加え、ツアー未披露の『i』をローファイなサウンドメイクと洗練されたビートセンスで話題のトラックメイカー・Refeeldのアレンジで再構築し収録。さらにシークレットトラック的遊び心を忍ばせた全12曲で、老若男女も既存新規も問わずリスナー全方位を撃ち抜いている。アルバムについて、また、今夏に控える初のZeppツアーについて、正直に語ってくれたインタビューをお届けしたい。


──《エリア未来》でのバンドとの饗宴同様に、創作の時間もきっとたっぷり謳歌されたであろうニューアルバム『銀化』ですが、パッケージされてあらためてその音の美しさ、冴えた音像にハッとさせられました。ちなみに《silver》という名詞は《silvery》となると《(音などが)冴えた・澄んだ》という意味になるそうです。タイトルの《銀化》は化学反応のひとつを指す言葉ですが、よくこんなぴったりな表現を見つけられましたね。


日食:偶然、銀化ガラスというものを売っている雑貨屋に行ったんです。ローマングラスとか昔の古い瓶なんかを扱っている店だったんですが、そこにあって。その《銀化》の文字面が格好いいなと思って。この言葉を使いたいという気持ちが大きくて、アルバムコンセプトとのつながりは後付け、こじつけなんですよね(笑)。


──後付けにしてもぴったり。今作は、そんな化学反応の妙をも示す非常にラディカルな『閃光弾とハレーション』で幕を開けます。《エリア未来》で『h』と冠されていた曲なので、制作順序は後のほう、バンドが固まった頃の曲になるのかなと。


日食:そうですね、そうなりますね。メンバーの得意なプレイとか、こういうフレーズを任せるとこういう返事がくるっていうのが、なんとなく見えだしたところで。それを踏まえて、もう一歩踏み込んで、ラディカルな曲、攻めに全振りした曲というのを、あらためてやってみたらどうなるか?ということで投げたのがこの曲ですね。メンバーの反射がすごく速かったというか…サビで攻められればいいなと思っていたんですが、《追い抜けば追い抜かれちゃって》のところでいきなりベースが暴れ出して(笑)。“もうここで始めます?ソレ”みたいな。私が求めるよりも早く、先に欲しいものを出してくれる、私の神経を読んでくれる感じになっていることをそこで知って。「火力増し増しで行きましょう」ぐらいしか言っていなかったんだけど、本当にメンバーそれぞれの火力増し増しを乗せてもらった曲になりました。…こなれたパーティーで最後にひと暴れしてラスボスのモンスター倒しました、みたいな曲なのかなと思っています(笑)。

日食なつこ – ‘閃光弾とハレーション’ Official Music Video

──アンサンブルの緩急が巧くて、曲の沸点をより高く感じます。この激烈さをまずお披露目したいという意図での1曲目ですか。


日食:アンサンブルもそうだし、曲調もスピード感があって、一発でお客さんを捕まえられる曲なので、戦略的に1曲目に持ってきましたね。この曲か、『五月雨十六夜七ツ星』か、どちらかだろうなと思っていて、今作の最初の顔としてはコレかな、と。


──『五月雨十六夜七ツ星』も、ポップだし、バンドとして凄まじい切迫感がありますよね。『0821_a』からのクライマックスを彩る流れも秀逸でした。


日食:『五月雨~』も当初からバンドでやることを想定して曲を書いていたので、ピアノのデモからその感覚をメンバーが吸い取って具音化してくれたような感じです。『0821_a』をフェードしながら『五月雨~』に突入していくという構成は絶対やりたかったことですね。

日食なつこ – ‘0821_a’ Official Music Video

──『五月雨~』の《誤魔化されて右 いざなわれて左》で、歌詞は漢字表記ですが、歌としては《right》《left》とメロディーにのせています。ここのリズム、メロディーと一体化した言葉の躍動に、あぁ日食さんだなぁと惚れ惚れしました。“R”と“L”の発音も完璧で。

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日食:あぁ(笑)、ありがとうございます。あそこの言葉遊びは、うまくいったなと思ってて。英語的発音を、大事にせずに英語の歌詞を使っている人を見ると気持ち悪いんです、“L”を使う単語を、英語っぽくしたいがために巻いた発音で歌うとか(笑)。そういうところはやっぱりちゃんとやらないと駄目だと思って、気を付けて歌ってます。そこを流してしまうのを見ると、私はやっぱり悔しいから。


──そういうぞんざいさのないところが、日食さんの音楽、歌への信頼にも繋がっている気がします。言葉の表現というところで、『風、花、ノイズ、街』が新鮮でした。春のうららかさと同時に、どこか諦観を感じます。


日食:諦観、確かにありますね(笑)。この曲のモチーフは、2024年の春に四谷のギャラリーで展覧会(※活動15周年企画の一つである《エリア過去》)をやっている最中、近所を散策して東京の春を浴びているときに生まれたものです。花が散る中で、道路工事をやっていたりビル群では人々が働いていたり、情緒的すぎない景色が印象的で。儚く散るものの美しさはあれども、人はそれほど足を止めるわけでもなく、わりとあっさりしている春…というのを見て、すごく気持ちよくて。“これ、このまま書きたいな”と。自分の気持ちの描写じゃなく、淡々と過ぎていく、散って終わっていく春を書きたいなと思ったので、そういう意味で諦観というのは表れていると思いますね。あと、以前『はなよど』(2023年)というミニアルバムで、胸をかきむしるような感情的な春は死ぬほどやったので、もう十分でしょと思って(笑)。対照的な春を描きたかったというので生まれた曲でもあります。


──続く『vacancy』には、日食さんがピアノだけで表現してきたこと、komaki(Dr)さんとふたりで表現していたもの、これまでの過程がすべて内包されていて、大きなバンド感と完璧な構築に深い感銘を受けました。


日食:このスケール感って、今までありそうでなかったので…これまではバラードになると、めちゃくちゃコンパクトで懐かしさを込めた歌になってしまうか、あるいはテンポがゆっくりであるために言葉を詰め込みすぎてしまうか…そのどちらでもなく、ゆったりした曲の壮大さに、ただただ沿っていく曲というのを書きたくて、それを狙って書いた曲ですね。


──仰るとおり、大河のゆるやかな流れに乗っていくような感覚があります。


日食:ポツン、ポツンと言葉を吐くだけで、歌詞がない、穴が開いている部分も多いんですけど、最初からそういうふうにしたかったので。言葉の量は意識的に少なくしてますね。


──歌のテーマそのものが軽くはないので、必要な言葉だけに研ぎ澄まされていった印象です。それで最終的な着地点には明るい諦念があるというか。


日食:何かを成し遂げようという壮大さじゃなく、成し遂げてしまったあとどうすればいいのかっていうのが、この《vacancy=空っぽ、空虚さ》というテーマに繋がっているので…うん、そうですね、情熱的な曲では全然ない、情熱をある程度いなし終わったあとにどう歩いていきましょうか、みたいな…それこそ表現者に限らず、何かひと山越えた人のための曲かなとは思っています。


──日食さん自身の中に、そういう感覚があるわけではない?


日食:ない、ですね。これは自分の(ことを歌った)歌じゃないので。2023年から2024年にかけて、個人的にアリーナとか武道館とか、キャパの大きなサイズのライヴをけっこうたくさん観に行って。で、そういう人たちのライヴを観ると、自分がそっち側に立ったら、という想像をちょっとしちゃうんですよ。この場所に自分が立って、自分のすべてを出し尽くして、恐らく空っぽになって、関係者挨拶とかもめちゃくちゃいっぱいあって(笑)、そのすべてを片付けて「おつかれさまでしたー!」って家に帰って一人になった瞬間の、ガクンッていう落差はすごいんじゃないかと思って。その“ガクンッ”から立ち直れなくなる人もたぶんたくさんいるんだろうな、というような想像をしたんです。そこに至っても、お客さんはあなたが曲を書き続けることを望んでいるとなったら…その先の道を想像して生まれた曲ですね。私はまだまだそこには至っていないから、この曲はイマジネーション部分が多い曲だなとは思っています。


──そこから一転、『julep-ment flight』では日食さんの情景の描写力が冴え渡っているな、と。たとえば《枯れた草と砂と重い潮風》とか、《季節は春 にはちょっと早い》や《浅ましい愛》、ジャジーな曲調とも相まってその場所の雰囲気や匂いが心の甘やかさと後ろめたさを伴って立ち上がってきます。


日食:嬉しい、ありがとうございます。この曲の歌詞は、じっくり読んでほしいなと思っていたので…。カクテルのミント・ジュレップと、駆け落ちを意味する《elopement》を掛け合わせた造語をタイトルにしているんですが、その辺りの一人遊びも含めて、うまくいったな、と。この曲に関してメンバーに言っていたのは、「真面目にRecしなくていいですから」ということで(笑)。「アレンジする時点から、昼酒をしながら片手間で考えるぐらいのテンション感でお願いします。真面目に創られると困ります」っていうふうに伝えていたら、こんな感じになりました。もちろん演奏はしっかりしてくれていますけど、音を詰め込みすぎない、すき間の多い仕上がりがとても気に入っていますね。komakiさんと仲俣(和宏・Ba)さんに吹いてもらった珠玉の口笛も(笑)。


──前回のインタビューでは、バンドメンバーに対してはある程度お任せというかそこを楽しんでいらっしゃるような印象を受けたんですが、今作では日食さんからの明確な要望が増えたりとかその辺りもアップデートされているんですか?

日食なつこ – 5th Full Album ‘銀化’ Trailer

日食:そうですね、していると思います。たとえば『夜刀神』なんかはベースのための曲で主役は仲俣さんだから、仲俣さんには好きなようにやってもらう一方で、komakiさんと沼能(友樹・Gt)さんには「ここでこういうの入れてください」とか「ここはベースに沿ってください」「ここはベースを聴かせたいので何も入れないでください」みたいなけっこう細かい注文を最初にしてましたね。『風、花~』ではkomakiさんに細かいリフを抑えめにしてもらって敢えていなたい感じにしてもらったり。自分の望むメンバーが制作にも集まってくれたことで、ここで一気にバンド力を上げようと自分で意識して、意見や要望を伝えるようにはしていました。バンドを得てやりたかったことを、ようやく放出できているというか…ボジョレー・ヌーヴォーみたいなものですね(笑)。満を持してこの栓を抜きます、と言って大放出している感覚。


──なるほど、今作ではもう自身の堰を切った状態での制作ができていたわけですね。


日食:そうです、そうです。それができるのを、この十数年間、ずっと待っていたんだなと思います。楽曲にしても、ピアノ弾き語りだと聴き飽きられるだろうなと思って出していなかった曲もたくさんあったんですけど、それを今回放出することができて。『leeway』なんかもそうですね。今後もそういうことは増えていくんじゃないかと思っています。


──それは、今作における楽曲のバラエティーやサウンドや展開の豊かさ、プレイの幅広さといった豊潤さを、さらに凌いでいく可能性が大いにあるということですね。


日食:あると思います。


──最後の『どっか遠くまで』は、牧歌的な、バンドのツアーロードのような雰囲気になっています。


日食:メンバーと一緒に旅をしている時間って、ほんとうにこういうBGMが合う時間なんです。バンドとして演奏している楽曲は多種多様ですけど、ツアーや制作はこういう空気感でやってるんだよという…まぁ日記みたいな曲で。これは(現在の)状況に書かせられた曲と言えるんじゃないかなと思います。


──端的に言えば、すごく幸せな状況。


日食:まぁ、そうですね。残念ながら(笑)。残念ながら、っていうのは、やっぱりそういうところに落ち着いてしまうと、そこから抜け出せなくなる人々というのもいて。それが一種の死であるな、とも思うんですよね。歌詞にも書いていますが、すべてからの《解放》は、《救い》でも《絶望》でもある。だから、こういう曲を私はすごく楽しく書いた一方で、でもこの状況怖いなぁって、やっぱり常に思ってはいるので。


──それでも、《何ひとつもう要らないとは 到底言えずに呆れているんだ》というのも本音ですよね。


日食:本音ですね。それがまさに今回のアルバムツアーにも繋がるなと思っていて。私自身は、東京で1,000人集められたらもうゴール、それ以上の規模はこのジャンルではできないだろうと思っていたんです。でも、東京で1,000人はけっこう前に果たして、福岡とかにも来て全国ツアーを成立させ続けられている。その中で出会う人たちがもっと行けるでしょと言ってくれて、私自身はここで終わってもいいと思いながらも、でも結局は終わらずにやってんじゃん、と…これも一種の諦観、せせら笑い、みたいなところで生まれた楽曲だと思います(笑)。で、私としては行きたいところまでは行った、この先は日食なつこをいいと言ってくれる人たちの「もっと高く、もっと遠くへ行ける」という声や思いを受けて、行けるとこまで行こうって頑張る期間で、その具体的な一歩が今回のZeppツアーなんです。Zeppのキャパが自分の音楽に合っているのか、お客さんが日食なつこをZeppで観たいのかどうかということも、正直わからない。ホールで観るライヴが好きな人も多いだろうし、「Zeppの日食なつこ、よかったね!」となるのか、「まぁこういうのもアリだね」で終わるのか、やってみないとわからないけど、でも1回やってみようという試し打ちですね。今回のお客さんの反応をもって次のツアーをどうするか?っていうところまで見通してやりたいなとは考えています。

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LIVE INFORMATION

5th Full Albumリリースツアー
「玉兎 "GYOKU-TO”」

2025年8月2日(土)
Zepp Fukuoka

Tour Member
Drums:komaki
Guitar:沼能友樹
Bass:仲俣和宏

PROFILE

日食なつこ

岩手県花巻市出身。9歳からピアノを、12歳から作詞作曲を始め、2009年から盛岡にて本格的なライヴ活動を開始。2012年1stミニアルバム『異常透明』をリリース、翌2013年より大型ロックフェスに次々と抜擢出演、2014年リリースのミニアルバム『瞼瞼』に収録された『水流のロック』で全国ロックファンの耳目を集める。2015年には1stフルアルバム『逆光で見えない』を発表。以降、ミニアルバム『逆鱗マニア』『鸚鵡』やフルアルバム『永久凍土』、企画盤『#日食なつこが歌わせてみた』等、独自の世界観を追求するアグレッシヴな作品をコンスタントにリリース。明確なコンセプトをもったライヴツアーを精力的に敢行し続け、パンデミック下でも配信リリースや無観客配信ライヴで表現活動を展開。2021年8月に3rdアルバム『アンチ・フリーズ』、2022年3月には4thアルバム『ミメーシス』と、フルボリュームのアルバムを連続リリース。枯れぬ創作の泉を示しファンを大いに沸かせた。活動15周年を迎えた2024年、“宇宙友泳”を標榜したアニバーサリー5大企画を敢行。前代未聞の未発表曲ツアー「エリア未来」は、追加公演を含む全9公演が完売となり、各地で大反響を呼んだ。9月には初のベスト盤『日食なつこ 15th Anniversary BEST -Fly-by2024-』をリリース。11月より敢行した15周年企画を締め括る自身最大規模の全国ツアー「エリア現在」も全公演を完売させ、ホール公演ながらライヴハウス並みの熱狂を生み出した。