15年の来し方を刻み込み
まみえるのは現在 進むべきは未知
開拓者の業を背負って すゝめ日食なつこ
日食なつこ
取材/文:山崎聡美
INTERVIEW

活動15周年を迎えアニバーサリー企画の一つであるベスト盤『日食なつこ 15th Anniversary BEST -Fly-by2024-』をリリースし、11月より15周年コンテンツを締め括る自身最大規模の全国ツアー「エリア現在」に臨む日食なつこ。これまでの道程を映す本作に聴き入りながら、実感している。この人は、最初からずっと開拓者であったのだ。
日食なつこという開拓者はとどまることなく、人が避ける獣道や道なき道を見つけては分け入ってきた。未知に踏み込んで、対峙する世界へのあらゆる反動を具音化してきた。そんな自身の創作を、何かや誰かのためとかいう使命感ではなく“めちゃくちゃ有意義な暇つぶし”だと彼女は言う。15年を総括しつつ現在、そして未来へと眼差しを馳せるインタビューをお届けする。
──15周年企画が進行している最中ですが、あらためて15年という経過について日食さんご自身が実感されたことはあります?
日食:実は、15年というのを、今回はお客さんとか周りから教えてもらうことが多かったんですよね。自分自身では15周年を祝う気がほんとうになくて。“なに?15って?10でも20でもない、なんだその周年”って、正直初めはあんまりピンときてなかった。それでもスタッフ側から切りのいい数字だから何かやったほうがいいと言われて、それで企画を5つ、なんとか捻り出して。まず過去15年を振り返る展示、それから未来へ続くための未発表曲だけのツアー、そして原点である盛岡クラブチェンジでの3daysライヴ、で、このベスト盤とそのリリースツアー。ここまで考えたらあとはそのコンテンツがどこかに連れていってくれるだろう、と。
──自らの企画に乗っかっていくことで見えてくるものがあるだろうという。
日食:そうですそうです。そういうスタンスで今年の頭にロケットを打ち上げて、それを追いかけていったら、思ったよりもみんなが祝ってくれるし、15年よくやりましたねっていう声を頂くことも多くて。自分が思っていたよりも、いろんな人にこの15年の活動を見られていたのかなというのを、後追いで知る感じでしたね。
──思っていた以上に見られてた、っていうのが日食さんらしい気がします。ベスト盤の選曲にはリスナーの声も反映されているんでしょうか。
日食:ほとんどが、配信の数字を見て、ですね。特に聴かれている、注目されている曲というデータを基にしています。
──客観的な求心力の高さを示すものですね。
日食:自分自身がベストだと思う曲でまとめてもよかったんですけど、それは結局自分の趣味で発信していることだから。この周年は、お客さんに与えてもらう周年にたぶんなるから、皆が聴いている曲をデータで見る機会をつくるべきだと思って。その数字を見ると、やっぱり『水流のロック』はものすごく大きいし、『ログマロープ』も大きい。そういう視点での日食なつこベストの選曲ですね。
──プロローグに続き『開拓者』という、最初に日食なつこの在り方を掲げた楽曲が冒頭を飾ります。そういう曲を未だに掲げられることの歓びはありますか。
日食:ありますね……でも、今も掲げられるというより1年目にすでに掲げていたんだっていう気づきのほうが大きかった(笑)。並べて聴いてみると、最近の曲はまだ書いた記憶があるんですけど、『開拓者』とか『Fly-by』とかってもうはるか昔なんですよね。15年間に激動があったから、どんどん層の下のほうになっていって記憶も薄れていて。聴き返してみると“よくこんなワード出したな”というような気づきがいっぱいありました。個人的には『Fly-by』の1行目、《あてにしないでね 最後は欺くつもりだから》っていうそのスタンスが、正直今も全く変わってなくて(笑)。自分が(音楽家として)どう生きたいかを、自分で言うのも変ですが、もう1年目で確立していたんだろうな、と。
──最後の1行《分かりあえないことを恐れたりしない》というのも日食さんの音楽にずっとある感覚な気がします。
日食:あぁ、だと思いますね。こういう時代だと寧ろ、より浮き彫りになる言葉というか……〈リポスト〉と〈いいね〉でどれだけ皆と同じコンテンツを共有していくかという時代において、分かり合えない、分かち合わないことをよしとする……今怖くて誰も言えなさそうなことをよくこんな気持ちよく歌ってんな、というのはあるでしょうね。
──先ほどのスタンスも、15年間ずっと揺るぎなく日食さんの音楽にあって。無自覚なままそう在れたというのは、簡単なことではないように思うんですが、何か原動力のようなものがあったのでしょうか。
日食:なんでですかね……自分でそう在ろうと思っていたわけではないですけど……逆に、そうじゃなく在れなかったというか。みんなと共感、共有していくっていうことを、何度も何度もやろうとして、でも15年間結局1回もできていないので、もうこれしかなかったんだろうなって。選んだわけじゃなくて、その道しかなかった。ほかはもう薮だった、というような感じですね、私の中では。
──何度もやろうとしてできなくて、そうすると凹む、落ちてしまうこともあったり?
日食:ありましたね。隣の芝は青い、じゃないですけど、皆と共有してナンボ、皆と分かり合えてナンボという表現が圧倒的にあって。音楽に関しても、最近のSNSの使い方に関しても、“みんなで一緒にやろうよ!”っていう、太陽になれる人たちがなんとこの世には多いんだろう、と。“なんで?みんなどこでその技術を得てそうやって生きてるの?”“私もやってみたい”って何度も何度も真似し、でも結局できず(笑)。日(ひ)を食(は)む《日食》のまま、今もまだずっと此処に居る、というのは、もうそのルートしか最初からなかったんだろうなと、まあある種の諦観ですけど……うん、それは思っています。
──共感や共有を求めない日食さんにとっての音楽というのは、どこから始まるものなんでしょう。
日食:私はやっぱり、世の中から何か1アクションをもらって、それに対する返事が曲だと思ってるんです。無の状態から自分はこうですという表現をするよりも、誰かから投げてもらったボールを“えい!”と打ち返すほうが面白いものを創れる人間なんだと思います。人と共感、共有することが無理な私なりの共感、共有の仕方が、飛んできたボールを一方的に打ち返すことなのかなという気はしてますね。キャッチボールは絶対にできないけど。
──ただ、日食さんのキャッチ力は、人一倍どころか百倍くらいあるのでは。生きている人の本当の声みたいなものにとても敏感であるようには感じます。
日食:そうかなぁ……ありがとうございます。でも、キャッチしても自分のポケットに入れますね。“こういうボール捕れたよ”“何々?”っていう(他者との)作業はできないから、誰にも気づかれないうちにポケットにさっと入れて持ち帰って、自分で撫で回す、ただただ愛でる(笑)。“今日こんないいボール拾ったエヘヘ”っていうのをただただ自分の部屋でやっているだけ、というのが私の曲の創り方かなという気はします。
──じゃあ曲ができたときの愛しさはもう凄まじい?
日食:いやそれはもう、毎回そうなんですけど、全然世に出したくないんですよ。永久に私の元にとどめていたい!って毎回思います(笑)。これは私だけじゃなくて、リリースするまでは自分だけで百億回でも聴ける、でもリリースしたらもう興味なくなるという人がけっこういるみたいで。(創作者の)共通認識としてあるのかもしれないですね、自分が創り出したものが愛おしすぎて、他の人の手垢が付くと嫌になるみたいな感覚が。
──そうなったらもう次へ、次の我が子を、というような気持ちになる。
日食:そうですね、そういうふうになってるんだろうなとは思います。
──それを繰り返していくには、かなりのエネルギーが必要であるような気がします。
日食:うん、ですね。どんなにいいものを創っても、結局は消費される場所に送り出していくという、ドナドナ状態をずっとやっているので。
──それでも曲を創り続ける、続けていけるのは、曲ができたときの感触、満足感や歓びが更新されていくような感覚があるからですか?
日食:どうなんでしょうね。曲を書いている瞬間は、使命感というようなものではなくて、ほんとうにただの暇つぶしで。めちゃくちゃ有意義な暇つぶしが自分の手元にある、ぐらいの感覚なので。たとえば、漫画を読んでいても1時間程度で集中力が切れるけど、曲を書いていると平気で6時間とかピアノの前に座っていたりする。時間をつぶすには最適な、ツール?(笑)そんなふうに思って曲を書いているだけだから。
──何かを求めてとか特別なこととかいうより、生活に近いニュートラルさで書いているような。
日食:あぁ、そうですね。そこに意味を与えていくのは、聴いた第三者の仕事かなと思っていて。私がそこに意味とか、こう聴いてくださいというようなことまで与えたら、お客さんはカロリー高めになっちゃって食べ切れないんじゃないかと思います。どういう器で食べるのか、フォークで食べるのか、手で鷲摑みで食うのかというのも、私は(聴く人に)任せる。……生産者目線、ですかね(笑)。
──なるほど……それは、先日のライヴ(全曲未発表&全曲バンドセットツアー「エリア未来」)の自由度と未知数度の高さにもつながるような。初めて聴く曲を、観客一人一人がその場で好きに咀嚼して、各々の歓びに昇華していたあの感じ。
日食:確かに「エリア未来」は、最たるものですよね。だからあのツアーは、産直だったなと思います。普通のリリースツアーだったら、パッケージができて、それをプロモーションやらである程度回してからのツアーになるんですけど、「エリア未来」はそういう卸売市場をとばして、畑からいきなり直売所に持っていったような感覚で。お客さんも、土が付いたままの、何の野菜なのかもわからないものを、おいしそう!食べたい!コレ好き!っていう感じで。よりフレッシュで、栄養が詰まっていて、それをお客さんがおいしそうに貪り食っているのを生産者として“よしよし”と思って見ている、みたいな。いろいろなものが直結しているツアーだったと思います。あんな野性味あふれるツアーはないですね。
──オーディエンスとしてもほんとうにすばらしい体験でした。そのライヴに関連して、バンドについて伺います。もともとバンドという形態への憧れが強くあったという日食さんが今、自身のバンドに近い環境を得てパフォーマンスをされていて。
日食:そうですね、めちゃくちゃ贅沢なメンバーでやらせてもらっています。
──たとえば何か修正をするにも、ソロやkomakiさんと二人でやるのとは違う思考ややり方があるように思うんですが、バンドの有機性を保つために仕掛けていることとかあります?
日食:バンドだからっていう問題が、今のところあんまり出ていないんですよね。(保つことを考えるまでもなく)すでに十分有機的というか。新たに入ってくださったギターの沼さん(沼能友樹)、ベースのマッチョさん(仲俣和宏)、お二人とも私の曲に対してアレンジの提案を、バンドのメンバーらしいフラットなやり方でしてくださるので。実際、ツアー中もどんどんアレンジを変えていて。彼らがそういうアティテュードで臨んでくださるので、全く心配はしていないし寧ろもっとそういうバンドらしさを深めたい。クリエイティヴに関してはみんな同じ平たい板の上でやっているという感じがします。
──アレンジや演奏において日食さんの想像を超えていくこともありますか。
日食:ありますねえ。自分の引き出しにないアレンジを、3人とも持ってきてくださるので。そこにそんなフィルインするか!とか、そこギターでハモるか、とか、ベースそこでそんな前に出てくるか、とか。全然いい意味で私に遠慮をしてくださらないし、寧ろ私が一番後ろでいいやぐらいの感じで。私は楽曲提供者で、あとはお三方でやってください、みたいな。この間のツアーでも、リハーサルで3人が1時間ぐらいずっとセッションしてるんですよ。それぞれのサウンドチェックから徐々に曲が始まってきて、30分もするとブルーノートみたいな即興ライヴになっていて(笑)。そうやって私に気を遣うことなく遊んでくれているのを見ると、いいメンバーが集まってくれたなぁと思うし、私も遠慮なく曲が書ける。一番欲しかった、意思疎通がスムーズにできるバンドメンバー。正直、このお三方がいればしばらく他の編成は要らないなと思ってるぐらいです。
──その中でベスト盤に収められた『0821_a』のような楽曲も生まれてきたんですね。
日食:そう、そうですね。だから、ベスト盤の最後に『0821_a』を入れたっていうのは、日食なつこの現在地点は、お三方が揃ってくれたこの曲にあるという意思表示であって、16年目以降もお三方が許せばこの布陣でしばらくやっていきたいという気持ちでもあります。
──その布陣での11月からのツアー「エリア現在」も待ち遠しいです。現在の日食なつこというアーティストには、ピアノや音楽をプラットフォームとしていた時期をとうに超えて、《日食なつこ》そのものがプラットフォームになっている、つまりそこにはあらゆる想像と創造が生まれ得るような制約のなさを感じます。日食さんご自身は、自由に音楽をやるということについてどのように捉えているか、最後に聞かせてください。
日食:それはすごく、自分でも考えていることではあって。私の好きなアーティストさんはそういうのがすごく上手い人が多いんです。その人の曲が好き、じゃなくて、その人っていう概念そのものがもう強い。だからその人から音楽以外のものが出てきても全部音楽に帰結して、さらに強い鎧になるような。そういうことを上手くやれている人が、私はやっぱりすごいなと思っていて。そういう……日食なつこが何してもOKという構造づくりは、わりと上手くやれていると思います。SNSでもいっぱい遊んでるし、グッズも好き放題やってるし。かと思えば、山から謎の配信とかしてみたり……何をやっても喜んでもらえるという道はつくれていると思うんですけど、それもやっぱり音楽が軸にないと意味がないんですよね。私の自由は楽曲がつくってくれているものだから、サブコンテンツが楽しくなりすぎないようにっていうのが、自由を上手に扱えるか否かの差だと思います。自分でその舵を取れるように、自分が管制塔になるという覚悟をもって臨んでいるところはありますね。
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LIVE INFORMATION
日食なつこ15th Anniversary -宇宙友泳- ベストアルバムリリースツアー「エリア現在」
- 2024年12月21日(土)
- 福岡 電気ビル みらいホール
- 【バンドメンバー】 Drums:komaki Guitar:沼能友樹 Bass:仲俣和宏
PROFILE
日食なつこ
日食なつこ 岩手県花巻市出身。9歳からピアノを、12歳から作詞作曲を始め、2009年から盛岡にて本格的なライヴ活動を開始。2012年1stミニアルバム『異常透明』をリリース、翌2013年より大型ロックフェスに次々と抜擢出演、2014年リリースのミニアルバム『瞼瞼』に収録された『水流のロック』で全国ロックファンの耳目を集める。2015年には1stフルアルバム『逆光で見えない』を発表。以降、ミニアルバム『逆鱗マニア』『鸚鵡』やフルアルバム『永久凍土』、企画盤『#日食なつこが歌わせてみた』等、独自の世界観を追求するアグレッシヴな作品をコンスタントにリリース。明確なコンセプトをもったライヴツアーを精力的に敢行し続け、パンデミック下でも配信リリースや無観客配信ライヴで表現活動を展開。2021年8月に3rd『アンチ・フリーズ』、2022年3月には4th『ミメーシス』と、フルボリュームのアルバムを連続リリース。枯れぬ創作の泉を示しファンを大いに沸かせた。活動15周年を迎えた2024年、“宇宙友泳”を標榜したアニバーサリー5大企画を敢行。前代未聞の未発表曲ツアー「エリア未来」は、追加公演を含む全9公演が完売となり、各地で大反響を呼んだ。