虚実ないまぜの世界に描かれるうろんな存在
日食なつこの《擬態》をあなたは見破れるだろうか?
日食なつこ
取材/文:山崎聡美
INTERVIEW
前作『アンチ・フリーズ』からわずか半年強という短いタームで、4枚目のフルボリューム・アルバム『ミメーシス』をリリースした日食なつこ。《メタファーかトラップか、13編の創造的ミメーシス》という挑戦的なコピーが銘打たれた同作、ミメーシスとは《擬態》を指す。擬態には枯れ葉や枝に同化して身を隠すような隠蔽的擬態と、別の目立つ物体になりすますことで獲物を欺く標識的擬態があるという。今作は?と日食に問えば、「たぶん、両方ありますね」と。何に化け、何を化かしているのかは、リスナー各々の耳でご確認いただくとして、ここに収録された1曲1曲の粒立った個性、音楽的冒険のなんと刺激的かつ喚起的であることか。今、日食なつこ自身は本作に何を見いだしているだろう。
「そもそも、こういった状況でツアーもできない、(音源の)制作もできないっていうときに、とにかくインプットをいっぱいして。本を読んだり漫画読んだりゲームやってみたり、今まで観ることのなかった映画をたくさん観たり……とにかく他人の作品に多く触れました。そのなかで、“名前だけは知ってたこの作品、実はめちゃくちゃ好きな世界!この世界を自分の音や歌詞で、二次的に発信してみたい!”と思うことが多くあって。そこでできた曲をまとめたのが今回のアルバムです。単純に、自分が好きなものを自分なりにリ・プロダクトしてみたと言いますか、(自分の中に)入れて、また出し直したという曲の集まりですね。だから、世の中に何か言いたいというよりも、“私、この2年間、こんなことして遊んでました”って、おもちゃ箱を開けて見せてるっていう感じがこの作品かなと思ってます」
個人的には、エンターテインメント的なインパクトの強さや瞬発力、ダイナミクス、振り幅の広さを楽しみつつ、ふと気づけば身につまされるような人間の生臭さに取り込まれているという感覚が残る。その意味では非常に演劇的、舞台的でもあるように思う。
「そういう楽しみ方をしてもらうのもありですね。メッセージ性の強い曲はそんなになくて。『悪魔狩り』とか『うつろぶね』なんかは、思いっきり外を向いて歌ってる曲ですけど、それ以外は、自分の中に入れた他人の作品から発生してるものなので。誰のことも見てない(対象としていない)というか。だから私としては、そういう《誰のことも見ていない日食なつこ》を皆に見られているような感じでしょうか」
そう言いながら同時に、「だから今作はプロモーションがめちゃくちゃ難しい」と笑う。
「ほんとうに自分はどこも向いてないし、この作品をどこに、どう生かしたいというのも、ほんとうにない(笑)。どう捉えられるのかも全く予測ができない。前作『アンチ・フリーズ』は、メッセージ性もはっきりしていて、多くの人の足下が凍りそうな今、凍らないようにがんばろうぜっていう、一つの旗を最初に立ててたのでわかりやすかったんですけど、それと真逆ですね」
逆に言えば今作は、掲げられたひとつのメッセージに囚われることなく、日食なつこの音楽的インスピレーションの滴を、自由に、存分に味わえる作品であるとも言える。収録楽曲のいくつかを紐解いてみよう。まずは「この曲、ダントツ好きかもしれない」と日食も頷く、アルバム冒頭を飾る『シリアル』である。(特に福岡のロックファンは)耳を持っていかれること請け合い、鋒のように凄まじく研ぎ澄まされたギターは、田渕ひさ子。加えて、野の獣のごとき存在感、一触即発の響きを叩き出すのはBOBO。どすの利いた声ならぬ鍵盤で迎え撃つ日食との、緊張感みなぎるトライアングル。その共演はロックリスナーのための饗宴そのものだ。
「実はひさ子さんとはお会いしてなくて、ひさ子さんとBOBOさんと3人でスタジオに入りたかったんですけど、どうしてもスケジュールが合わず、リモートで制作を進めた曲です。でも、私もひさ子さんのギターがめちゃくちゃ好きで、ひさ子さんならたぶん抽象的な言葉で伝わるだろうと思って、“この曲は殺人鬼(シリアルキラー)をテーマに描いてるので、笑いながら人を殺す人間をギターの音色にしたらどうなるかやってください”みたいな、自分でも何言ってるんだろうなと思いながらオファーしました(苦笑)。音色にしてもフレーズにしても、どこで何をしてくださいとか具体的なことは何も言わず、登場人物のイメージだけお渡しして。ひさ子さん節でやっていただければ何がきても正解だろうとオファーする時点で思ってはいたんですけど、実際に聴いて、あの憧れのひさ子さんが、日食の曲でこんなに遊んでくれてる!っていう気持ち良さはありました(笑)」
日食の目論見が、想像以上の発展性をもって返ってくる。その歓びは代え難いものだろう。リモートであっても、創作における刺激を大いに感じながらのプロセスであったことが窺えるエピソードも。
「たとえばアウトロは、ピアノでは主旋律とか目立ったメロを張らないように、空白を作っていたんです。そこでひさ子さんならグイッと前に出て遊んでくださるんじゃないかと、敢えてステージの真ん中を残したような状態で音をお渡ししてたんですが、そこであれだけの細かいフレーズで遊んでくれたりっていうのは、流石だなと思いましたし、そこで鳴っててほしい音がまさに、ひさ子さんが実際に鳴らしてくださった音で、ドンピシャだったりもして。なんていうか……自分の(言葉での)伝え方が下手でも、曲が意志をもっていれば、受け手はそれを汲み取って、求められている音を理解して鳴らしてくれるんだなと。あと、Aメロとかサビの前半のドラムでもけっこう冒険していて。最初BOBOさんはもっと手の込んだフレーズを作ってきてくださってたんですけど、私はバスドラ一発でそこに居るライヴハウスの客200人でも300人でも吹っ飛ばせるようなエネルギーの塊みたいな音がBOBOさんの真骨頂だと思っていたので、申し訳ないと思いつつバスドラだけのフレーズに徹してほしいとお願いして。BOBOさんも“オマエのやりたいことわかったわ”って作ってくれたのが、削って削って、削ぎ落とした前半部分。先輩おふたりの胸を借りて、発展的な冒険ができた曲だと思います。このアルバムの幕開けとして、異色でありつつも、今作のなかで日食がやってる冒険というものを斬り込み隊長として見せてくれる曲ですね」
寓話とケルト音楽が交わり、人の道の深淵な情景を覗かせてくれる『un-gentleman』では、旧知のフィドル奏者・大渕愛子が在籍するハモニカクリームズ(Harmonica Creams)とのコラボレーションで、ケルトブルースという日食にとって新たなジャンルも開拓した。その場その場の瞬発力で互いの音楽を生かし合うケルト系のミュージシャンたちとのレコーディングもまた、彼女の音に新たな風を吹き込んでいる。
「いいですよねぇ。ハモニカクリームズ(以下、ハモクリ)は、私もファンで、ライヴも観に行ったりしてるんです。大渕さん個人とは過去に2曲をご一緒していただいたんですけど、いずれはバンドとのコラボをしたいとずーっと思っていたんで……この『un-gentleman』が描けたとき、曲の景色というか、森の中に迷い込んでしまった主人公が、そこで明らかに人間ではない異生物と出会って、その異生物に導かれて森を進んでいくっていう情景は、ちょっとこう、グリム童話とかヨーロッパ的な物語感があるなと思って。じゃあケルト音楽をやってらっしゃるハモクリさんにこの音をお願いしたらいけるんじゃないか、って。レコーディングは全員での一発録りですね。ハモクリさんたちはわかりやすくケルト音楽っていうものをやってらっしゃる方々なので、私からのリクエストどうこうというよりキャスティングの時点で鳴る音はおおよそ予測はできる。だからこの曲はわりとお任せでした。とにかくハモクリさん畑の音を鳴らしてください、と。私の作る楽曲のような決め込んだものに、ケルト音楽という特性をのせてもらうためには、双方の歩み寄りが必要かなとは思ってたんですけど、幸運だったのは、大渕さんや他のメンバーさんが私の音楽を事前に知っていてくれて、ブルースハープ(ハモニカ)の清野(美土)さんはライヴにも来てくださっていたりとか、私の音楽への理解をもってくださっていたこと」
昨秋リリースのシングル表題曲ともなった11曲目『悪魔狩り』では、キープレイヤーとして迎えたタブゾンビ(SOIL & “PIMP” SESSIONS)が、日食曰くの「悪魔役」を凄烈なトランペットで演じている。重要な音楽パートナーとして日食のバンドサウンドを支えるドラマーkomakiの躍動感とも相俟って、ジャズやブルース、ガレージを取り込んでアップデートされた日食のロック感が実に昂揚に満ちてスリリングだ。
「タブさんが、思う存分悪魔役をやってくださったのでそれで十分、“ごちそうさまです!”って曲になりましたね(笑)。komakiさんとはもう、意思疎通のしやすさは他のドラマーさんとは全然違うような感じにもなってきてるので。この《悪魔狩り感》も、その言葉を言うだけで、じゃあこういう音を鳴らせばいいんだなってすぐに伝わるのはkomakiさんしかいないし、これはkomakiさんに遊んでもらうのがベストだろうなとは思ってました。komakiさんも最初デモを聴いてもらったときに、“あぁ~、コレ早く叩きたいわ~”みたいなこと言ってたんで(笑)。実際やっぱり、彼と相性のいい曲でした。昔から日食なつこを聴いてくれてる方には特に悦ばれる曲かもしれないですね。この曲、Aメロから順に思いついていったんですけど、Aメロでピアノをオクターブで♪カーンッカーンッカーンッカーンッ♪と打ちながら歌に入っていくっていう感じは、今までやったことがなくって。そこを思いついた時点で、コレは新しい畑を拓いたなって感じがしたので、そこからはもう、出てくる言葉とフレーズに任せて作っていきました。狙って作ったというよりは、自然と新しい畑に自分から入っていったというか。これまでと同じことをやってほしいと思ってるのもわかるんですけど……私はもう、ファンにおべっかを使ってもイイことないというのはいい意味でわかっているので。アーティスト自身が(同じことの繰り返しで)苦しくなったら続かないだろうと思っていて、そういう(同じ日食なつこを期待する)声は無視して、やりたいことがあったら、今までとかけ離れていてもしっかりと踏み入っていくということは、自分に約束しています」
この言葉通り、日食は今作においても冒険への躊躇いなど微塵もなく、未開の地へと踏み込んで、新たな支持をも獲得するだろう鮮烈な楽曲を生み出した。ここで取り上げた3曲然り、また、ロンドンを拠点に活動するシンガポール人アーティスト、キン・レオン(Kin Leonn)をアレンジ&プログラミングに迎えた『最下層で』然り。今作は日食にとって、どんな状況にあっても音楽家としての健全さを失わないための唯一のレジスタンスでもあるのだろう。
さて、最後にもうひとつ、今作の特異さを感じた点がある。アルバム全体を貫いている(と筆者が感じる)“虚空”の存在だ。いくつかの曲にたびたび出てくる《うつろ(虚ろ)》というワード、前述の『悪魔狩り』のラストシーンに訪れる空っぽの舞台……この世界や人の心の此処彼処に確かに存在する虚空(虚空が存在するという言い方は大いに矛盾ではあるけれど)を、日食なつこがじっと凝視するように音楽を鳴らしている。それが、この《擬態》に創造されたものたちの虚実をいっそう曖昧にし、同時にいっそう魅惑的な磁場としているように思えてならない。
「今、そう言われて気づいたのは……虚空、空っぽである状態を、決して悪いこととしないでおきたいな、と。埋まらない状態は、必要があって埋まらない状態であるんだから、頑張ってそこを埋めようとする必要なくない?みたいな。仕事でも生活する上でもそういうことあると思うんですけど、そこを肯定したいなっていう気持ちは、このアルバムを通して在るかもしれないです」
そして、【新アルバム『ミメーシス』内で私が擬態するさまざまな姿を全国各地の物好きな蒐集家たちに拾ってもらいながら進んでいくツアーにしたい、 という意図で命名】したという全国ツアー『蒐集行脚(しゅうしゅうあんぎゃ)』が、4月9日(土)地元・岩手にて幕を開ける。福岡公演は5月29日(日)、日食には初めての会場となるみらいホールにて開催。それぞれに感じた《擬態》の真理を確かめに、是非とも足を運んでいただきたい。
「基本的にはkomakiさんと二人、ピアノとドラムで行く予定です。前回が、皆さん座って静かめに、個人個人で愉しむというようなツアーだったので──もちろん状況にもよると思うんですけど──今回はちゃんとみんなで、声を出さないまでもその手前ギリギリくらいまで盛り上がれるようなセットリストを組んで行きたいな、と。『アンチ・フリーズ』ツアーに対するカウンター的なライヴを求めてる方も多いでしょうから、そういう曲をとにかく並べて持って行きたいなと思っています。楽しみにお待ちください」
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LIVE INFORMATION
PROFILE
日食なつこ
岩手県花巻市出身。9歳からピアノを、12歳から作詞作曲を始め、2009年から盛岡にて本格的なライヴ活動を開始。2012年1stミニアルバム『異常透明』をリリース、翌2013年より大型ロックフェスに次々と抜擢出演、2014年リリースのミニアルバム『瞼瞼』に収録された『水流のロック』で全国ロックファンの耳目を集める。2015年には1stフルアルバム『逆光で見えない』を発表。以降、ミニアルバム『逆鱗マニア』『鸚鵡』やフルアルバム『永久凍土』、企画盤『#日食なつこが歌わせてみた』等、独自の世界観を追求するアグレッシヴな作品をコンスタントにリリース。明確なコンセプトをもったライヴツアーを精力的に敢行し続け、パンデミック下でも配信リリースや無観客配信ライヴで表現活動を展開。2021年8月には3枚目のフルアルバム『アンチ・フリーズ』をリリースし、第14回CDショップ大賞2022・入賞作品に選出された。