わたしは唯一無二のわたしを愛する、宝物のように。
ヒグチアイ
取材/文:前田亜礼
INTERVIEW

「自分のことを大切にする。周りの人を大切にする。そんな日常を大切にする言葉と歌を届けていくことが私の役割かなと思っています」。以前のインタビューで、シンガー・ソングライター、ヒグチアイはそう語っていた。10月末にリリースした6作目となるニュー・アルバムのタイトルは、まさにその思いを威風堂々と表明する造語『私宝主義』。そして、今冬からメジャー・デビュー10周年を迎える2026年にかけて開催される全国ツアーのタイトルもまた、彼女からあなたへ向けた優しい呼びかけだ。急激に変化する時代の渦の中で、私たちは時に戸惑い、自分自身を見失いがちになる。だからこそ、もっとわがままに、自由に、自分にフォーカスして自分を愛してあげよう。「ただわたしがしあわせでありますように」、と。彼女はそう願い、歌い続ける。
──創作と表現活動とをコンスタントに続けてこられた中での2025年、今年はニュー・アルバムの完成に向けて制作に集中してきたという感じですか?
ヒグチ:時間をかけてという感覚はないですね。今回アルバムに入っている曲はタイアップの曲も多いので、その曲を書いていたり、人に提供する曲やミュージカルの曲を書いてたり、ずっと何かに追われてる感じの中、アルバムはこの半年の間で集中して出来上がりました。あと、自分がユニット(天々高々)を始めたので、その活動をしたり…大きく違うことをやったというよりは、自分の音楽を作る中で、新しいことも始めた年だったと思います。
──天々高々は謎の2人組アーティストということでの活動スタートでしたが、ユニットを結成された経緯を聞かせてもらえますか?
ヒグチ:元々コロナ禍のときに、MOROHAのMCであるアフロさんから歌詞をもらって。で、自分がそれに合わせて曲を書いたりしてみたんですね。お互いに結構、暗いというか、人間の内側の話について楽曲を描いていたこともあって、「そうじゃない人が楽しめるようなものを書いてみるのも面白そうだね」って実験的なところから始まったんです。曲はそこから5年ぐらい溜めてたんですけど、MOROHAの活動が休止になったりもしたので、このタイミングで始めてみました。
やってみると意外と大変でというか、バンドをやってる人ってほんとすごいなって。誰かと一緒にずっと選択をしていくわけじゃないですか。自分の考えを押し通すとか相手の意見を聞くとか、譲る譲らないをちっちゃい範囲のところからどんどんやっていかなきゃいけない。「自分がやりたい」が全てじゃないというのを初めて知ったという感じです。
──変化に富んだ一年の中で制作された6枚目のアルバムになるんですね。『私宝主義』という、今作も四字造語のタイトルで、西洋絵画の自画像のようなジャケットと相まって、ヒグチさんの主張が伝わってくる作品だと感じました。まずは、ずばりアルバムのコンセプトを聞かせてください。
ヒグチ:「自分のことを宝物だと決める」というイメージで、この四文字を考えました。今は時代的にも誰かの意見が耳に入りやすくなっていたり、誰かと自分を比べたり、誰かが誰かに言ってる言葉を自分も言われてるように感じたり…そういうことをしているうちに、自分の存在価値を誰かに決められているような気になることが多いんじゃないかなと思うんです。でも、そうではなく、「自分で自分のことを宝物だという風に決める」、自分が他の誰とも変えられない「唯一無二」の存在だということを、「自分で決める」っていうことが大事だと思って、「自分のものさしを自分で使う」ということをタイトルに挙げました。正直、そういう風にできないよねという曲もいっぱい入ってるんです。だけど、それをまず山の頂点みたいな感じでタイトルとして決めて、そこからどんどん裾野を広げている曲たち、というアルバムになっています。
──この夏に連続リリースした『エイジング』『わたしの代わり』『バランス』という独り言三部作も、まさに「自分のものさしを自分で使う」という意思を投げかけているような楽曲ですね。
ヒグチ:はい、SNSも含めて、人に言われたことに左右されたりすることもあると思うんです。それに対して諦めてる状態とか、自分の年齢だったり、その時期時期に線を引いて、その線について書いた感じの3曲ではあると思います。この曲たちを書いている時に、『私宝主義』というタイトルにしたいな、こういうアルバムにしたいなという方向性になりました。
──「独り言」をコンセプトにされたのは、どういう心境からだったんですか。
ヒグチ:そもそもシンガー・ソングライターって独り言でしかないじゃないですか。なので、独り言っていうのもどうなのかなって思うんですけど、とくに『エイジング』に関しては、「私はこう思ってるよ、独り言だけどね」という逃げるような意味合いでも使ってたり、誰かに言ってるわけじゃないけど、ちゃんと自分が思ってることを素直に言葉にしています。それは、誰かを傷つけたいわけでもないし、誰かを陥れたいわけでもない。ただただ自分がそう思ってることにまず向き合わないと、その後、誰かに何かを言うことも、自分に自信を持つこともできないだろうから。いったん「自分が何を言いたいのか」「自分が何を思ってるのか」っていうところを冷静に判断できたらいいなって思って書きました。
──『エイジング』はかなりアグレッシブなロック・チューンで、アレンジャーは三井律郎さんですね。アナログからデジタルへ移行してきた時代の流れの中で、その変化とともに人間の喪失感とか焦燥感といった心の機微なども、テーマとしてあるのでしょうか。
ヒグチ:『エイジング』自体、「自分の考えが古い」みたいなことがテーマになっています。三井さんとはアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」の曲をつくる時によく話をしてたんですけど、三井さん自身も平成のロックをやってきたから、そういう音づくりは得意なんだけど、それ以外のことはあまりわかんないみたいなことを言われてたのを覚えてたんですね。じゃあ、内容的に価値観が古いって言われるようなものに、ちょっと昔の流行った音をとり入れてみたらどうなるのかなってつくってみたのがこの曲です。聴いてみると、やっぱりかっこいいじゃん、かっこいいものはそんなに変わりはないじゃんって思ってもらえる曲になりました。
──『わたしの代わり』と『バランス』のアレンジは、THE CHARM PARKさんですね。メロディアスで柔らかなサウンド感がヒグチさんの歌詞を引き立たせていて、とても相性がいいなと感じます。
ヒグチ:チャームさんは人間的にもすごく好きだし、こういう風にしたいと言うと、面白がってアイデアを出してくれる人なんです。『わたしの代わり』に関しては、弾き語りの音源を渡した時に、最初はそのまま弾き語りが一番いいんじゃないかって言われたんですね。でも、歌詞が強めだから聴き心地のいいものをつくってほしいと話したら、本当にちょうどいい空気感、温度感のものをつくってくれました。そこにバイオリンとチェロの不思議な音色が重なっていて、私の好きな音、想像をちょっと超える面白さがありながら、安心感のある音を生み出してくれています。
『バランス』に関しても、口でトランペットを吹いてくれてたり、私がボイパ(ボイスパーカッション)をやってみたくて1回レコーディングしたんですけど、全然使えないみたいな感じになって。結局、頭の音だけを使ったんですけど、そういう面白い音楽をつくる上に、さらにもう1つ楽しさを乗っけてくれるのがチャームさんだと思っています。
──タイアップ曲は4曲収録されています。復讐系から、学園ホラー、大人の女性の恋愛を描いたガールズラブ、そしてリアリティーショーまで、楽曲の振り幅の広さに驚かされました。なかでもとくに印象に残る曲はありますか?
ヒグチ:大変だったのは、やっぱり映画『あのコはだぁれ?』の主題歌『誰』ですね。私、ホラー映画って観たことないっていうくらい苦手なんです。この作品は1作目と繋がっているという話だったので、楽曲をつくる上で作品を見るのはマストで…でも、1人では絶対無理だったので、スタッフにメルヘンな部屋をレンタルルームで借りてもらって、音をすごくちっちゃくして観ました(笑)。
私は曲作りの上で、なぜそれが存在するのかとか、この気持ちはどうして生まれたのかということをすごく考えちゃうんですね。タイアップ曲を書くときはとくにそうで、今回出てくる幽霊の女の子は元々周囲からサイコパスって言われてて、でも、そのサイコパスという人たちの気持ちを理解するのがすごく難しかったんです。でも、理解できないことは書けないから、じゃあそこに翻弄される同級生、映画の中では主役じゃない人の気持ちではあるんだけれど、そこにフォーカスしました。大変だったし、発見もいっぱいあったのがこの曲です。
あとは、そもそもドラマや映画の曲をリクエストされるときって大体エンディング曲で、明るめの曲を要望されることが多いんですね。私にとって明るい曲ってすごく難しいんです。それは、私自身が世の中のことをそんなに明るいとは思ってないからなんですよね。だから、その「明るい」を探すのが難しかったという意味で『恋に恋せよ』も、『もしももう一度恋をするのなら』も、両方ともその影の方に焦点を当てて、その落差で明るくみえる曲にしました。だから、よくよく聴いたら、明るいだけじゃない、もっともっと現実だなと感じる曲に仕上がっていると思います。
──新曲は4曲収録されています。2曲目の『花束』はギターが実妹のひぐちけいさん、編曲は倉品翔さんが手がけられていますね。歌詞の中のサビの最後で、「ああ、さよなら 人生は美しい 満ちているの 欠かけたままで」というフレーズがとても心に響きました。
ヒグチ:自分の中では、この曲がアルバムの一番のテーマになる曲だと思ってるんです。人によりますけど、子どものときに起きた問題を未だに抱えていることって多いような気がするんですね。言われたことが未だにずっと残ってたり。その頃はそれが嬉しくて宝物みたいに思ってたけど、実はそうじゃない言葉をかけてもらいたかったんだって、大人になってからわかったりとか…それが親からの愛だと思ってたけど、よくよく考えれば都合のいい言葉だったんだなとか、そういうことって幼いときには全く気づけない。その頃はどっちがいいかを選べないし、選べなかった自分みたいなものに対して、大人になったとき、やっぱりその記憶はない方がいい、そういう事実はない方がいいと思っちゃったんですよ。それがなければ、もっと健やかに育ってたし、人のことを恨まずに生きれたし、もっと自分が生きやすかったんじゃないかとか思ったりして。そういう辛いことがあったから今があるんでしょっていう言葉も何も入ってこないような気持ちになったときに、今の自分をちゃんと愛せたり、それこそ宝物だと思えたらいいなと思ったんです。それができれば、傷になるんじゃなく、ただ生きてきた人生の中にあった点に変わるような気がして。そういう風になれたらいいなって、希望を込めた歌です。「まだ何も答えが見つかっていない曲」っていうのは、久しぶりかもしれない。自分のことだけは本当に結末が書けないもんなんだなって、今回再認識しました。
──トラックメーカーのFUJIBASEさんが編曲された『一番にはなれない』は、切ない歌詞に浮遊感のあるサウンドが溶け合って、アルバムの中でもアクセントになっていますね。
ヒグチ:この曲の歌詞自体は、友達の恋愛話をずっと聞いていたことから書いたんです。本人にとってはそれは不倫じゃなく、めちゃくちゃ純愛なんですよ。とにかくその人のことが好きで、その人に振られそうっていう話を順を追ってしてくれているんですけどそもそも不倫ではあるんですよね。今、世の中はその大前提を否定する話に全てなってしまうけれど、それを取っ払ってしまえばただの恋愛なんだなって。純粋にその人のことが好きなんだということを聞いてる時間は、結構楽しくて曲にしてみたいなって思ったんです。
アレンジに関しては、FUJIBASEくんの曲を偶然知って、この曲めっちゃいいってストーリーズに上げたらご本人からDMをもらって、いつかアレンジを頼みたいなって思ってたら、トントン拍子で決まりました。もう少しシンプルなアレンジにしようと思えばできたんですけど、FUJIBASEくんの良さをなくさずに、内容的にも可愛さを残すような歌い方をして、自分の中では新しいタイプの曲です。
──『静かになるまで』はセルフ・アレンジ曲。ピアノの弾き語りに、まっすぐ伸びる声と突き刺さる歌詞が印象的です。
ヒグチ:この曲だけは2年くらい前に書いた曲なんです。多分、「進撃の巨人」の曲ということで『悪魔の子』をたくさんの人に聴いてもらったり、その後、もう1曲『いってらっしゃい』をつくったりしたときに、いろんな人が勝手なことを言ってくるんだなという気持ちになったことがあったんですね。自分の常識みたいなものが通用しないこともあって、それに対して諦めそうになることがすごくあったんです。私は私のことを考えるから、あなたはあなたのことを考えてほしい。時期的にそう思って書いた曲だと思います。
──「私は私のことを考える」。それは、『私宝主義』に相応しい主張する1曲だと感じます。『ぼくらが一番美しかったとき』は、ストリングスが入ってエンディングにぴったりの1曲になっていますが、『悪魔の子』でタッグを組んだ兼松さんのアレンジですね。
ヒグチ:この曲は「アークナイツ」っていうスマートフォン向けゲーム曲の書き下ろしで、主人公は女の子なんです。普通なら戦うゲームって自分の領土を広げたり、敵を倒していって最後にボスを倒すという設定が多いところを、このゲームは自分の領土を守るために戦うんですね。攻めてきた人を追い払うみたいな。それが自分の中では戦う理由として一番理解できるなって感じました。それを考えてた時期、今年の頭とかもそうだったのかな、地震があったり大雨が降ったりしたときに、ふと思ったんです。もし今、災害や戦争が起こって自分の一番大切な人を守れるかどうかって言われたら、多分守れない。大体、仕事をしていたら相手は別の場所にいるだろうしっていうときに、自分の大切な人が、遠くにいる私を助けるんじゃなく、その人の目の前にいる人を助けるような人であったらいいな、それが誇らしいなっていう、そういう私とあなたの関係性でいたい、そんな曲を書いてみたかったんです。ゲームという意味では、戦いの話ではあるんだけど、この2人の関係、恋人なのか家族なのかわからないけど、2人がそこから一生会えなかったとしても、その人の行動を信じているし、そんなあなたを好きでいられた私を誇らしくも思う、そういう曲になってます。
音づくりに関しては、ここ最近めちゃくちゃコーラスにハマってるっていうのもあるんですけど、どうしてもコーラスを入れたいというのは兼松さんに最初に伝えました。そうしたら、とんでもなく想像を超えてくるアレンジにしてくれて。ずっと進化し続けている人なんだなといつも思わせてくれて、もう最高です。
──全11曲が収録された今作、やっぱり曲を生むところでの苦しみは付き物だとは思うんですが、完成した作品を通しての気持ちはいかがですか。
ヒグチ:そうですね。毎回しんどいのは曲をつくるところだけ。それ以外はずっと楽しいというか、アレンジもそうだしレコーディングも全部楽しいし、声の出し方も1つ前のアルバムとまた変えて、ここ1年半ぐらいで変わっていってるんですけど、自由自在にできる部分が増えてきたなと感じています。そういう点で、今までよりもラクにレコーディングができて、楽しくできたアルバムです。
──11月から全国ツアーが始まりますが、「ただわたしがしあわせでありますように」というツアー・タイトルにまたグッとくるものがありました。『花束』の歌詞にリンクしているフレーズでもありますが、ライヴはどんなひとときにしたいですか?
ヒグチ:今回のアルバムは盛り上がったり、手を挙げて一緒に歌ったりできる曲がほぼほぼない感じなので、ツアーでは、みんなもっと「自分のことばっかり考えてほしい」んですね。それこそタイトルに付けた「ただわたしがしあわせでありますように」というぐらいの気持ちで、「自分はこれで大丈夫だったのかな」とか「この気持ちを持ってても大丈夫なのかな」っていうところを考えるような時間にしてほしいです。なので、ふだん自分のことを考える時間がないという方に、ぜひツアーに来てもらいたいです。あと、福岡公演はソロでのステージですが、曲をつくるときって大体ピアノと歌でつくっているので、アレンジは違うけれど、このつくった瞬間、最初の原型を聴いてもらえたら嬉しいです。
──来年はメジャー・デビューから10周年を迎えますが、ヒグチさんにとっての「今の私らしさ」「来年はどんな私でありたいか」を最後に聞かせていただければと思います。
ヒグチ:シンガー・ソングライターとして音楽を始めて18年ぐらい経つんですけど、やっとこの「迷ってるけど頑張ってる」みたいなところをみんなが観に来てくれてるのかなという気持ちになっています。自分が伝えようとしている何かが、世の中の一般的なことじゃなかったとしても、それを声を大きくして歌っているということが、誰かの勇気になるんだろうなと思っているんですね。それがどんなに影の話でも、どんなに少数派だったとしても、「この言葉は人に言っちゃいけないんだろうな」って思ってるような誰かに、「いや、その気持ちはわかるよ」って言えるような人でありたいし、それが自分の役目なのかなと感じています。
メジャー・デビュー10周年っていうことで、26歳のときにデビューはしたんですけど、実際そこから5年ぐらいはずっと地道にやってきて、『悪魔の子』が広がって…という感じではあったので、始めるのに遅いっていうことは本当にないし、何事も続けていれば何かがあるかもしれない。その「続けている」ということに、前のめりな姿勢を見せていく、保っていくっていうことがすごく大事だと経験してきてわかったんですね。だから、来年は経験してわかったその大事なことを、伝えていければいいなと思ってます。
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LIVE INFORMATION
PROFILE
ヒグチアイ
平成元年生まれ。シンガーソングライター。2歳の頃からクラシックピアノを習い、その後ヴァイオリン・合唱・声楽・ドラム・ギターなどを経験、様々な音楽に触れる。18歳より鍵盤弾き語りをメインとして活動を開始。2016年、1stアルバム『百六十度』でメジャー・デビュー。 大型フェスへの出演を果たし、静と動、躍動するピアノと熱情的なアルトヴォイスで、業界内外の音楽ファンを魅了する。2022年、TVアニメ「進撃の巨人」The Final Season Part2のエンディングに抜擢され『悪魔の子』を書き下ろし話題に。2025年10月、6thアルバム『私宝主義』を発表。2026年、デビュー10周年を迎える。