作ることで、歌うことで、救われる自分がいる。
この思いを音楽という形でみんなに返したい。

佐藤千亜妃

取材/文:前田亜礼

作ることで、歌うことで、救われる自分がいる。<br>この思いを音楽という形でみんなに返したい。

2019年に惜しまれつつも活動休止となった「きのこ帝国」。日本のバンド・シーンに鮮烈な足跡を残しながら、今年1月に公開された映画「花束みたいな恋をした」(菅田将暉・有村架純主演 / 土井裕康監督作)の劇中では主人公が楽曲『クロノスタシス』を口ずさむシーンで再び話題を呼ぶなど、いまなおカリスマ的な魅力を放ち続けている。そのバンドの核を担い、現在はソロ・アーティストとして、音楽のみならず、ファッション、カルチャーなど各界のファンから熱い視線を集めている佐藤千亜妃。前作から2年ぶりに発表した2ndアルバム『KOE』について、制作に込めた思いを率直に語ってくれた。


──今回、前作以前から温めてきたという「声」をテーマにしたのは、どういう理由からですか?


やはりソロとしてアルバムを作る上で重要になってくるのが、“歌声の表現力”かなという思いがあり、最初は歌声にフィーチャーした作品を作ろうと思っていました。ところがこのコロナ禍を経て、“声にならない声”という部分も表現していきたいと思うようになり、最初よりもより一歩深まった表現ができた作品になったのかなと思います。


これが最後の作品になってもいいように、という気持ちで制作に臨みました。自分自身のパーソナルな部分が表現されていると思います。そして、誰かの心の中の声にもそっと寄り添えるような作品になっていたら嬉しいなと思います。


──全12曲、今作では河野圭さんを共同プロデューサーに迎え、ギターやベースなどは楽曲ごとに異なるミュージシャンが携わっていることも、楽曲の多様な豊かさを深める要因になっているかと思いますが、参加ミュージシャンへのラブコールはどのような思いで行ったのでしょうか。


今回の作品は、「同じ人物が色々な感情を歌っている」というイメージで歌唱してきました。同じ人間でも、楽しい時もあれば悲しい時、怒っている時もあると思うんです。人間の感情は多面体ですよね。なので、自分の中では、曲ごとに別々のイメージを持っているというよりは“感情の揺れ動き”だと捉えて作品を作っていきました。


曲ごとに目指しているアンサンブルや、見せたい情景に合わせて「この人ならこういう音を鳴らしてくれそうだ」、「この人ならこういうプレイをするだろう」とか、そういうことをイメージしながらミュージシャンの皆さんにオファーをしていきました。


今回制作していく上での、自分の中での裏テーマが、参加してくださるミュージシャンの皆さんの個性を殺さず、むしろ個性を生かした状態で音楽を作り上げたい、ということでした。野性味のある音がぶつかったり混ざりあったりしながら、時に共鳴して、言葉やメロディーになりきらなかった感情を補って表現してくれたように思います。そういう意味でもこの作品はとても自分の中で達成感があり、大切なアルバムになりました。


──アカペラから始まり疾走感極まるアウトロが印象的なオープニング曲『Who Am I』。歌詞に出てくる「なんのために生まれたの?なんのために生きているの?」は、誰もが心に抱える永遠のテーマであり、コロナ禍の今また深まっていく自分への問いかけでもあると思うのですが、ときに答えと言えそうなものを他者との交わりの中で気づかされたり、決定づけることもあるのかなと思います。この楽曲を産み出された思いを教えてください。また、佐藤さんにとって「今の自分」に『Who Am I?』と問いかけるとしたら?

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この自問自答の答えは現時点では出ませんでした。だからこそ、この曲を書けたのかなとも思うし、自分自身が何者かというのを問いながら、なりたい自分を追いかけ続けていくことが私にとっての人生なのかなと思っています。


自分が何者なのか?という問いの答えは出ませんでしたが、なぜ自分が音楽をやっているのか?という問いに対しての答えはありました。それはもともと持っていた答えで、改めて再確認したという表現が近いかもしれません。


作ることで、歌うことで、救われる自分がいるからです。


もちろん人に届けたいという気持ちはありますが、とても辛い時期に、音楽を作ることや歌う行為そのものに救われている自分がいることに気づきました。そして、そうやってできた歌が、もしも誰かの隣でそっと親友のように支え合いながらそばに居られるのならば、これより嬉しいことはありません。


──バンド編成とトラック・メイクで構成されている収録曲ですが、例えば、ストリングスは『声』や『棺』のように湿度やノイズ感のある楽曲にも効果的に響くかと思えば、『愛が通り過ぎて』のように、ストリングスとハープの相乗効果で、心の奥底に広がる深い想いを表出する役割としても心地よくとけ込んでいます。楽器と声(歌唱法)との組み合わせ、アレンジ手法など、今作でとくに試行錯誤されたこと、発見はありましたか?


とにかく「無駄な表現は入れない」ということを終始気をつけていたような気がします。声、言葉、メロディー、感情。ここを表現する上で必然性のある音だけを奏でてもらいました。歌声とバンド・アンサンブルに一体感のある音楽にできたかなと思います。


感情の部分を、楽器たちの音色が沢山補ってくれているような気がしています。胸を掻きむしりたくなるような感情や、心臓がぎゅっと苦しくなるような感覚、目頭が熱くなるような思いなど。言葉やメロディーだけでは表現しきれない部分まで補ってくれるのが音楽の素晴らしいところだと思います。


──『甘い煙』や『Love her…』といった気怠くスローな楽曲もまた、アルバムを個性づけるトラックですが、例えば、mabanuaさんのドラムのグルーヴ感、ホーンセクションの組み合わせなど、どういったやりとりで作り込んでいったのですか?


もともと、自分で作ったデモがあったので、かなりそれに近い形でブラッシュアップしていくやり方でした。ホーンセクションなんかもフレーズがそのまま使われていたりします。生ドラムや、生のブラス隊で、清書していく感じですかね。とても素晴らしいプレイをしていただきました。全テイクOKにしたいくらいでした。


──エンディング前の見せ場的な楽曲として『ランドマーク』というロック・チューンも収録されていたりと、それぞれのミュージシャンの持ち味が存分に発揮されているかと思いますが、レコーディング中など、とくに記憶に残る化学反応的なエピソードがあれば聞かせてください。


やっぱり『Who Am I』のアウトロの演奏が、セッションで出てきた時は、きた!と思いましたね。それで、興奮してしまって「ギターもっと大きい音でお願いします!」とか言ったりして、アレンジするために集まったスタジオで白熱してました。今回のレコーディング現場はビビっとくる瞬間ばかりで、とても贅沢な時間でした。ストリングスなんかも、生で目の当たりにすると感動で、生音、皆さんにも聴かせてあげたいくらいです。

佐藤千亜妃 – Who Am I(Music Video)

──レコーディングの際、楽曲の持つ温湿感、個性などに合わせ、照明を暗めに落として歌うことなどもあるそうですが、「歌詞づくり」において心構え的なもの、大事にされていることは何ですか?


なるべく感情を直接的に書かないようにしています。例えば情景を重ねていくことで、想像の余白を持たせるような。隠喩もよく使います。なので、歌詞も読んで、色々と想像しながら聴いてもらえたら嬉しいですね。


──アルバム・リリース後の反応をSNS等で拝見しました。佐藤さんの人生から形成されてきたリアルな情感が込められているからこそ「佐藤さんの音楽に、この曲に、出会ってよかった」「諦めなくていいんだと感じた」など、共感の声が寄せられているのだと思います。『KOE』は何より救いや励ましになるのだと。ファンとの声の呼応、その人にしかないKOEが音楽を通して返ってくることについて、どんな思いが湧きますか。


今回の作品は本当に本当に時間をかけて丁寧に作っていったので、それがリスナーの皆さんにまっすぐに届いていることが、心から嬉しいです。


自分はこの宇宙で1人だ。と不意に不安に襲われることが多かった人生でしたが、今は自分の音楽を聞いてくれる人がいたり、支えてくれる環境があったりする中で、少しはそういう悲観的な感情も減ってきたかなと思います。音楽を作ることで、そしてそれを聴いてもらうことで、救われている自分がいるなと最近また痛感しています。


自分は本当に、歌や音楽しか出来ないんですが、愛情を受け取ってばかりではなくて、この人生の中で自分以外の誰かに少しずつ思いを返して行けたらいいなと思っています。それが音楽で、という形ならば最高です。頑張ります。

佐藤千亜妃 – 声(Music Video)

──11月3日の福岡を皮切りに、“KOE” Release Tour 2021「かたちないもの」が決定しています。なかなか先の見通せない今ですが、そんな今だからこそ、ライヴで届けたいものは?


明日からも頑張ろう、とか、少しだけ前向きに生きてみようとか、そんなふうに思えるようなライヴを届けられたらいいなと思います。


歌や音楽は形のないものですが、確実にそこにあって、私たちをきっと、抱きしめたり、背中を押したり、何も言わずにそっと横にいてくれるような存在だと思います。その形ないものを手繰り寄せて、みんなで笑い合えたら嬉しいです。


──大作をつくり終えてなお「来年のアルバムはまた違ったものにしたい」と呟かれていましたが、創作意欲や構想はまだまだつきない印象を受けます!インスピレーションの源泉にあるもの、また、煮詰まったときの気分転換、リラックス法など日常で大事にされていることを、最後に教えてください。


自分はとても好奇心が強い方だと思うので、インスピレーションはそこから湧いてくるように思います。様々なことをインプットしていると、自分なりの表現方法でアウトプットがしたくなり、うずうずしてきます。昔から何かを作るのが好きなので、自然に創作意欲が湧いてきます。


気分転換は、よく散歩するようにしています。自然の中を歩くと、葉っぱの匂いや、木々のざわめく音、鳥たちが遊んでいる様子や、道端の花の匂い、虫の鳴く声など、たくさんの癒されるものが溢れていて、とても気持ちが安らぎます。


ライヴ前にリラックスしたい時は、マネージャーに背中を撫でてもらうようにしています(笑)。そうするとすーっと余計な力が抜けて、歌の表現が柔軟になるような気がして。


力を抜いて、自分らしく。生きていく上でも重要なことのような気がしますね。

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LIVE INFORMATION

佐藤千亜妃
“KOE” Release Tour 2021
「かたちないもの」

2021年11月3日(水・祝)
FUKUOKA BEAT STATION

PROFILE

佐藤千亜妃

4人組バンド「きのこ帝国」(2019年5月に活動休止を発表)の Vo,Gt,作詞作曲を担当。2017年に「佐藤千亜妃と金子ノブアキと小林武史」名義による『太陽に背いて』が「東京メトロ」キャンペーンの第三弾CM「日比谷 歴史と文化が色づく」篇のCMソングとしてオンエアされ、話題となる。ソロ活動が本格化した2019年、1stソロ・アルバム『PLANET』をリリース。他アーティストへの楽曲提供やプロデュース、アパレルブランド等とのコラボなど多方面での活躍も注目を集める。2021年、新曲『声』、フジテレビ系ドラマ木曜劇場「レンアイ漫画家」の主題歌として書き下ろした『カタワレ』を連続配信リリースした後、9月に2ndアルバム『KOE』を発表した。