いつも歌があった。
楽しい時も悲しい時も。
そして、これからも。

南こうせつ

取材/文:山崎聡美
写真:ハラエリ

いつも歌があった。<br>楽しい時も悲しい時も。<br>そして、これからも。

南こうせつコンサートツアー2020〜いつも歌があった〜
2020年11月6日(金)福岡サンパレスホテル&ホール

<<この記事は、BEA VOICE2020年12月号に掲載したものです>> 



 開演時刻を迎えた客席から自然と手拍子が起こり、BGMと客電がほぼ同時に落ちた。朗らかな弦のフレーズが響き渡り、その音に導かれるように幕が開く。大きなアコースティックギターを背景に、その人は然りと抱いた愛器を奏で歌いだす。変わらぬ、透き通った歌。瞬間、安堵の吐息にも似たあたたかな気流が場内に満ちるのを感じて、少し震えた。皆、この日をどれだけ楽しみに待っていたのだろう。その思いの全てを彼の歌は受け止め、さらに大きなエナジーとしてひとりひとりに還元するように丁寧に紡いでゆく。

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 パンデミックによって人の日常が脅かされ、暮らしが大きく変わった2020年。誰もが見えない未来を模索するなかで、南こうせつはコンサートツアーの再開を決めた。
「半年以上(コンサートを)中止して…このままずっと歌わないでいくのも寂しくて。皆さんと音楽を共有することで、また明日への一歩を踏み出せるのかなと。体験したことのない状況下で、歌う。この日を忘れることはないです」。


 そんな決意とともに、ユーモアたっぷりの語り口による濃厚な活動エピソードなども交えながら、2部構成・約2時間のステージに源流から現在に至る南こうせつ節を凝縮した。鮮やかな色彩とほろ苦く切ない情景を分かち合う『青春の傷み』や、アップテンポのリズムと躍動感が実に心地よい『マキシーのために』。『Summer Angel』では「ちょっとあの時の思い出を話していい?」と、昨夏海の中道で開催した野外フェス“サマーピクニック”に思いを馳せた。


 また、トラディショナルフォークをはじめとする豊饒な音楽エッセンスがあふれだす『虹とアコーディオン』などをデビュー50周年の新作アルバム『いつも歌があった』から披露する一方、『夢一夜』『幼い日に』といった時代を越えて愛されてきたメロディアスな楽曲群を同じ熱量で届ける。盤石のバンドメンバー──安定と信頼の揺るぎないベース&バンマスの河合徹三、バイオリンのほかバンジョー、マンドリンと多様な弦楽器でボーダーを越える佐久間順平、葉の上に弾ける水滴のような透明感と躍動感を宿すピアニスト大山泰輝−−との澄んで豊かな音像がそれぞれの歌の陰影を深め、会場は多幸感に包まれてゆく。


 この夜、辛抱の時間を過ごす人の根っこを支え、その眼差しを上へ向けるシーンが幾度となくあった。なかでも、「闇に包まれた世界と対峙して未来に臨む」心情を映した新曲『夜明けの風』の祈り、「中村哲氏に捧げます」と力強く歌われた『緑の旅人』の希求、そして「45年(コンサートのたびに)毎回歌ってきたけど、毎回違う」と感慨深げに歌われた『神田川』の郷愁。いずれも尊く切実で、重ねてきた喜びも哀しみも糧として「今をひたすらに生きる」ことへの一歩を踏み出させる白眉の歌だった。アンコール後、自ら鳴らした花火の音に「三尺玉の花火を想像できる人は明日への活力を創造できる人です」とエールを添える南に、精一杯の拍手と大きな手振り、身振りで応えるオーディエンスの姿は、受け取った歓喜のかけがえのなさの現れでもあったろう。

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