ロットの咆哮がわたしたちに呼び戻したもの 
バンドの躍動と音楽の昂揚とを極め、歓喜に浸った一夜

ROTH BART BARON

文:山崎聡美
撮影:勝村祐紀

ロットの咆哮がわたしたちに呼び戻したもの <br>バンドの躍動と音楽の昂揚とを極め、歓喜に浸った一夜

ROTH BART BARON “HOWL” Tour 2022-2023
2023年3月3日(金)FUKUOKA BEAT STATION


ROTH BART BARON are
三船 雅也(vocal / guitar)
西池 達也(electric piano / synthesizer)
岡田 拓郎(guitar)
ザック クロクサル(bass)
工藤 明(drums)
竹内 悠馬(trumpet / flugelhorn / crotale)
大田垣 正信(trombone / harmonium)



Across the Universe──ライヴ中、幾度も沸点を超えるようなダイナミクスが生まれ、幾度となく宇宙に放り出された。この広大なそらを、泳ぐも沈むもあなたの自由だ──と、その音はひとりひとりの「わたし」を連れ出す。遠く離れていても、どんな暗闇にいても、ロットの咆哮はわたしたちの内に音楽を呼び戻す。音楽という表現の可能性の在り処を、今夜わたしたちは自らの身体に取り戻したに違いない。


冬の名残と春の息吹をともに感じるような桃の節句、新作アルバム『HOWL』のリリースツアーとして開催されたROTH BART BARON福岡公演を、以下レポートする。


登場SEとしてエディットされた『HOWL』のイントロに導かれ、7名のメンバーがステージに立つ。深い闇に明滅する光のような鍵盤の和音と、魂の覚醒を促す咆哮を合図に、森が脈打つようにうねるトラックと融け合うがごとく一気にバンドイン。もとより緻密な音の構築と壮絶な展開にひりつくテンションを備えた楽曲だが、ライヴの昂揚感、鬼気迫る三船のヴォーカルと各プレイヤーの気迫に満ちた音粒とも相俟った本公演のコア・チューン『HOWL』は、気圧され息を呑むほどに凄烈だった。ロット史上に類を見ないほどの屈強なオープニングから、そのテンションを中空へ放出し流麗な『KAZE』へ。向かい風を受けて舞い上がる様も、追い風にのって疾走感を漲らせる様も、このアンサンブルは自在である。というより、アンサンブルそのものが、停滞する世界を吹き抜ける、あるいは地平を分断する境界を越えて吹き渡る風となっているのか。続けて、熱が風を吹き上げるように、かき鳴らすギターリフとヴォーカルで極めてロック的に口火を切った『ONI』。鋒鋭く直情的なビート、炎に突き上げられるようなアグレッシヴなアンサンブル、それらに一体化するオーディエンスのハンズクラップ。体感的にはほとんど一瞬のうちの、だが忘れがたい衝動を身体に残す、まるで嵐だ。

「ハロー、フクオカ!よろしくね!1年ぶりの福岡公演、帰ってこれてめっちゃ嬉しいです」と、3曲の昂揚を声に残しながら伝える三船に、オーディエンスの昂りがどっと溢れ出るように拍手が湧く。息つく間もなく奏でられるメロウでソウルなトラックを受け、さらに三船が扇動する。

三船 雅也(vocal / guitar)

「前(列)のヒト、何しに来たんだ今日?
踊りに来たんだろ、立てよ!踊ろうぜ!」


肢体を羽ばたかせ、マラカスを打ち鳴らして歌い踊る。幻想的、かつ蠱惑的なこの『Ghost Hunt』の躍動に導かれ、光の粒のような音に身を委ねて、わたしたちもまた暗く長い空洞の中で踊る。その恍惚の中、楽団としてのロットの多層的な魅力が発揮されたのが、『霓と虹』から『BLUE SOULS』にわたる場面。グルーヴと磁場の中心となるベースの推進力、メロディラインを押し上げるドラムの瞬発力をもって叶う力強く寛やかなリズム、透明感に満ち広がりつづける波紋にも似た抒情豊かな鍵盤、煌めきこぼれる神秘的なアンティークシンバル、情感の揺らぎを真摯に宿し、トーンやフレーズのどれひとつをとっても妙味と滋味あふれるギター、描いた刹那の情景を永遠の記憶へ昇華するような、喨々としたトランペットあるいはフリューゲルホルンとトロンボーンのコンビネーション、ハイトーンのヴォーカルに対照するコーラスワーク。イマジネーションを喚起するこの豊潤な音と響きとハーモニー、揺蕩うようにフォーキーな旋律とで創造していく幽玄なサウンドスケープは、やはり格別だと思い知る。

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岡田 拓郎(guitar)
ザック クロクサル(bass)
竹内 悠馬(trumpet / flugelhorn / crotale)
大田垣 正信(trombone / harmonium)
工藤 明(drums)
西池 達也(electric piano / synthesizer)

洗練され、なおソウルフルでグルーヴィーな『Ubugoe』もまた珠玉の一幕。管弦打と鍵盤、歌が狂おしいまでに有機的な交わりを連ね、それぞれに描く情景が混じり合う。時代を写し、同時にその不確かさを問いながら、彷徨と邂逅を繰り返し、拭えない諦念と真新しい物語を紡ぎ出す予感を伴って、大きく心身を揺さぶる。その余韻に会場中が浸る刹那の静寂のあと、西池があの印象的なピアノのフレーズを紡ぎ出す。『HOWL』のラストに収録されたエレジー、祈りと悼みに満ちた『髑髏と花』だ。歌うにつれ三船の表情、歌から自我が消えていく。この脆く儚い世界に寄り添う歌の大きさを、それを支えるアンサンブルのつつましい美しさを、どう伝えればいいのだろう。チェロのような艶すら纏わせるベースの芳醇なメロディによって告げられた終焉、その瞬間にオーディエンスを包み込んだ澄明な深い安らぎをわたしは忘れられないと思う。加えて震えるのは、セットリストの折り返し地点にこの曲を配置し、さらにROTH BART BARONというバンドの核心を現在につなぐ初期の名曲『化け物山と合唱団』を置いたこと。水の流れのような自然さで2曲がつながったとき、鳥肌が立つほどのフラッシュバックがあった。同時に、作家でクラシック音楽とオーディオの批評にも健筆をふるった五味康祐の綴った一節を思い出した。



《偉大な芸術家ほど、様式は変わっても作品の奥からきこえてくる声はつねに一つであり、生涯をかけて、その作家独自の声で(魂で)何かをもとめつづけ、描きつづけ、うたいつづけながら死んでいる。》

『化け物山と合唱団』の後半、一心不乱としか言いようのないプレイはまさに《もとめつづけ、描きつづけ、うたいつづけ》ることを体現するもののようであり、堰を切った急流のように彼らの探求と情熱はいま、破壊と構築を繰り返して大きなうねりを生み出しているのだ。そして、怒涛の引いたあとの青い闇には無数の光の粒が生まれつづける──『HOWL』においてバンドとリスナー双方の数年越しの願い(=音源化)が結実した『場所たち』。これまでも圧巻の名演を残してきた曲だが、個人的にはこの夜が史上最高だったと断言する。大地の鼓動、森の樹々の葉擦れ、星の瞬き、オーロラの衣摺れ……森羅万象に息づくスペクタクルが音楽に昇華されたとしか思えなかった。音を浴びているうちに、超新星の起こる様を目前で見つめているような、スターダストに降られているような感覚に陥って、見えなくても確かに在るものが自ずから「生」を実感させ震わせる。曲の後半、三船はステージに仰臥し、掛け替えのないバンドの鳴らす音を、文字通り浴びていた。そのまま、独り言つように紡いだ歌は『HAL』。揺れる小舟からこぼれ落ちるピアノと声、ただふたつだけの静かなセッション。絶望の淵を心の最も奥深いところに湛えながらも無辺の世界を拓いてゆくような美しいセッションだった。

その詩を諳んじふとメロディーを口ずさむまで身体に馴染んだ楽曲だのに、全く新鮮な輝きを伴って響いた終盤の4曲。生命の躍動と足掻きが生々しく息づくロットの音楽は、それ故にその対極にあるものとの対峙を免れることができない。逆に言えばそうであるからこそ、喪失感や嘆きを祈りに変え、存在そのものの尊厳を音に還し、音楽という無限の宇宙を成して聴く者をいざなうことができる。その強さ、寛容な魂の有り様を如実に写し出した『月に吠える』を筆頭に、終盤の4曲はいずれも、生まれたてのような輝きと夜明けを迎え白んでいく空のようなあたたかさを宿していた。ラストは、舞台上のほとんど全ての楽器を奏で鳴らし、大地を踏みしめ万感のオーディエンスとともに高らかに歌いきった『MIRAI』。未来へのファンファーレであり、どこまでもつづいてゆくマーチでもあるこの曲で、身体と音楽が溶け合い一体化していくような圧倒的な心地よさに包まれ、本編は幕を閉じた。

アンコールでは、盛大な拍手に迎えられひとりステージに現れた三船が、感謝とともにこの日の午後に情報解禁されたばかりの「FUJI ROCK FESTIVAL’23」出演の喜びをユーモアたっぷりに告げ、話は2015年に出演した福岡の初夏フェス「CIRCLE」での思い出に。細野晴臣氏との対面を果たしたこと、『ロット バルト バロンの氷河期』のレコードを渡して氏にかけられた言葉……。新緑の木々をバックに清冽で深遠な音と歌が響き渡り、ライヴが進むにつれオーディエンスの輪が拡がり、曲が終わる毎に喝采が大きくなる確かな求心力を見せたあのステージを、わたしもよく覚えている。あの場所へ彼らを招聘してくれたひとへ──1ヶ月前、旅立ってしまった福岡の大切な同志へ、弾き語りで手向けた『New Morning』。届かないはずがないだろう。
再びバンド編成に戻っての、終わりでもゴールでもなくここがはじまりだと言わんばかりの『極彩|IGL(S)』、満身創痍で新たな景色を臨む『鳳と凰』が、この豊饒の時間を祝福する。いかにヴィンテージのパフォーマンスであったかは言うまでもない。鳴り止まない本気の拍手に呼び戻される格好で叶えられた予定外のダブルアンコール。三たびステージに上がり鳴らしたのは、エキサイトな『電気の花嫁』。荒々しく、みずみずしく、バンドの躍動と音楽の昂揚とを極め、その歓喜に心ゆくまで浸った一夜だった。

4月以降、各地でのイベントやフェスに出演し、また、FRF直前の7月16日(日)にはロット最大の夏のフェスティバル『BEAR NIGHT4』(日比谷野外大音楽堂)の開催も決定。これから先きっと、いや、間違いなく、ROTH BART BARONの音楽はますます多くの様々なfolksの心をとらえ、バンドはワールドワイドな活動を展開することになる。その一瞬一瞬を、今宵のステージを見届けたあなたと共有しつづけられることを願ってやまない。



【SET LIST】
M1.HOWL
M2.KAZE
M3.ONI
M4.Ghost Hunt
M5.霓と虹
M6.赤と青
M7.糸の惑星
M8.BLUE SOULS
M9.Ubugoe
M10.髑髏と花
M11.化け物山と合唱団
M12.場所たち
M13.HAL
M14.月に吠える
M15.ヨVE
M16.陽炎
M17.MIRAI

EN1.New Morning
EN2.極彩|IGL(S)
EN3.鳳と凰

W EN.電気の花嫁(Damien)

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PROFILE

ROTH BART BARON

(ロットバルトバロン)