極限のなかで彷徨う者たちの咆哮
共鳴する心と身体に満ちる大いなるエネルギー
ROTH BART BARON
取材/文:山崎聡美
INTERVIEW
アルメニアのジャズ・ピアニスト、ティグラン・ハマシアンが、鍵盤に向かいその指先から最初の一音がこぼれるとき、不特定のリスナーと向き合いまっすぐに“Hey folks”と呼びかけるとき、この世界、時代を共に生きる“同志としての民衆”に注ぐ慈愛と誇りとがはっきりと感じられることがある。瞬間、何とは無しに安堵のような頼もしさが胸に満ち、あるいは慰撫のような感触に包まれる。歴史も文化も情勢も、すべてが異なっていても、人はそれぞれに自由と尊厳を有すべき存在であり、そしてそうである限り、誰しもがひとりではあるが決して孤独ではないのだ、と。
ROTH BART BARONが音を鳴らし歌を紡ぐとき、私はいつも同じ感慨を覚える。三船雅也が思い描き創造する音楽は、ティグランに限らず異境のアーティストと通ずることが多い。それは音楽的なルーツやジャンルの問題ではなくて、土に根ざすたくましさとその土地を吹き抜ける風の匂いを感じるから。そして、フォーク・ミュージックの原点としての力──プロパガンダでなく都合のいいイデオロギーやシンボルでもなく──民衆と共に肉体および精神を蜂起させるほどのエネルギーを感じ、信ずることができるからだ。
2018年の『HEX』以降、一年毎にフルアルバムをリリースし、かつそれらすべてが傑作と呼ぶほかないクオリティで限界や予想を凌いでゆくROTH BART BARON。7枚目のオリジナル・アルバムとなる本作『HOWL』は、暗闇で、霧中で、混沌の最中で、彷徨う心を導き、衝き動かす深 / 震度で響きわたる。
「4年ぐらい前から“HOWL SESSION”というイベントをライフワークとしてやっていて。いろんなアーティストと僕がお互いに吠え合う、(音楽で)呼応するようなライヴ(・セッション)をやりたくて始めたものですが、その集大成を、今年の5月に横浜のKAAT(神奈川芸術劇場)でやったんです。約1週間、360度のイマーシブ・サウンド(※)で、(バンドのメンバーも含めて)出演者が毎日違うという、毎回すべての引き出しの中身を使い果たすような公演だったので、それはもう大変だったけど(苦笑)。やってよかったっていう手応えを持ちながら新曲を作ってるなかで、そろそろ一連の“HOWL SESSION”で培った出会いやフィールを楽曲としてアルバムとして作品に落とし込んだものを創るのもいいんじゃないか、と。去年の『無限のHAKU』は、静謐な、聴いて心が静かになるようなアルバムにしようと思っていたからゆったりした曲も多かったでしょ。僕としては、壊れてしまった心に包帯を巻くような…割れた器を金継ぎしていくようなアルバムでした。今回は、身体性がどんどん失くなっていっちゃったこの世界──どんどん頭でっかちになって、コミュニケーションも下手になって、触ったり匂いを嗅いだり味わったりっていう五感から得る情報量みたいなものがどんどん少なくなっていくような世界で、みんな歩くのが下手になっていってる気がして、その“失われた身体性”を取り戻したい、フィジック(physic=癒やす)よりもフィジカルになっていくアルバムにしたいなと思ったんですよね。“HOWL SESSION”という企画自体もそういうものだったし。(他者と)会えなくなった世界で、遠くの山に向かって吠えたら、誰かが吠え返してくれた──それが今のつながりなんじゃないか──そういうことを考えながら、創っていきました」(三船雅也、以下同)
※全方向からリスナーを包み込む3次元音響、立体音響システム
“HOWL SESSION”という即興のなかで生まれた共鳴に始まり、その身体性を取り戻すという意志は、今作の非常にプリミティヴな音像に明白だ。これまでも辻本知彦やyurinasiaといった優れたダンサーたちに歓喜をもって迎えられていることからも、ロットの楽曲が宿す肉体的訴求力に疑う余地はないが、今作ではそこに焦点が絞られたことで身体に直結する震動、衝動がみなぎっている。
「アルバムの全体像、最初のイメージは、創っている楽曲に引っ張られますね。今作でいうと、『月に吠える』って曲ができて、『HOWL』って曲ができて。あ、これでアルバムできるぞって、なんとなくわかる瞬間があった。この曲があればもう、これを中心にした物語ができるっていう、コアがわかる感じというか。『月に吠える』は確か…今年の正月の頃に、静かななかで創ってたかな、イントロのモールス信号のようなシンセができて、ピアノのループができて。それで、この風に乗っかっていけばもう大丈夫という確信のようなもの、アルバムという作品全体が“見えた”って感じたときがあったんですよね」
本作は、その『月に吠える』で幕を開ける。稀代のシンガー・中村佳穂とのデュエットで、互いの野性的な勘をもって成す、美しくも有機的な音楽セッションの賜物のような楽曲だ。
「中村佳穂の声も、僕の声も、隣で歌っている人間を飲み込んでしまうような、ある種凶悪な力を持っているっていうか。お互いにこう、パックマンのように食べ合いながら(笑)、そこで融和していく良さがある。この曲ができたときにすぐ、自分の声だけでは足りない何かがあって、佳穂ちゃんに歌ってほしいなって思いました」
リリースに先立って、今夏行われた日比谷野音公演での同曲の中村佳穂との初パフォーマンス映像も公開された。ふたりの歌が成っていく様、一瞬でも気を抜けば食われてしまいそうな緊張感のなかでふたつの魂が共鳴していく様子は、音楽の魔法が可視化された瞬間と言ってもいいほどだ。
「野音は本当にそうでしたね。ミュージシャンって不思議なもんで、会話をするよりも1曲ステージで歌ったほうがコミュニケーションがとれるというか、話が早かったりする。ライヴで、お客さんの前でのパフォーマンスを、ちゃんとその瞬間にやると、あ、こういう人なんだ、ってわかるときがあるんです。それが露骨に出た瞬間を、みんなに見せたいと思って(笑)」
鉄道会社のタイアップ曲となった『KAZE』、絵画芸術をモチーフの一つとしたドラマのために書き下ろされた『赤と青』、実在する街のプロモーション楽曲としてその街の生活者たちと共に制作された『MIRAI』など、本作にはバンドの外の思いや景色が反映された楽曲も収録された。各テーマに沿ってクローズアップされる楽曲の断面にはそれぞれに込められた情景が無論息づいているのだが、こうして『HOWL』というアルバムを構成する1曲として聴けば、その視野は一気に広がり無辺の景色を臨む。たとえば『KAZE』の冒頭──《君が西へ行くと言うなら / 僕は東へ向かうとするよ / まあるい星のその裏側で / あなたにいつか会える気がするから》──でさらりと掬い取った一個人各々の自由精神と私たちが立つ球体の自然(円環)。どんな強い向かい風にも抗い進むような疾走感で、進む方向を違えたとしてもそれは断絶ではなくいつか再び出会いつながるためのはじまりとなりうることを描き切った。向かい風が追い風となる瞬間すらとらえるような音像に身体が昂る。
「『KAZE』は最初、みんな新幹線に乗らなくなってどうしようみたいな感じでお話を頂いて。“移動”の新しい概念って、それを音楽で表すってどんなだろう?と。で、そう考えてるときにウクライナ侵攻が起きて……風ばっか吹いてんなこの世界は、と思いながら描いてましたね。この曲、ギターは淡々と弾いてるんだけど、ピアノとストリングスとベースがそれぞれ別のリズムをとってるんです。ちっちゃい風がたくさん吹いてるんだけど、それがひとつに聴こえる。多数の竜巻が同時に起こってるような楽曲になりましたね。この演奏聴いてると、歌ってて泣いてるんです、僕。それ最近わかったんだけど(笑)。なんかわかんないんだけど、泣いちゃうんですよね」
そして、本作のタイトルチューンである『HOWL』では、これまでにない音楽的飛翔を遂げた。ROTH BART BARONという有機体【バンド】が志す現時点での理想が極められた、本作において最も凄烈な楽曲だ。
「この曲のメッセージは根底からずっと持っていたものだと思うけど、今年のロット、今作のなかで、音としてはいちばん新しいことに挑戦してる楽曲で、ロットの新ステージはここにあると思っていたので、そう言ってもらえると、すごくうれしいです。曲についてはバンドミュージシャンというよりトラックメイカーのような感覚、手法で作っていきました。“カラフルな『ゲルニカ』”みたいな感じですかね。いろんな要素がガクガクと貼ってあるような、いろんな揺れ、レイヤーが起きてるみたいな感じがします。『月に吠える』と同じようにこの曲も、できたときにアルバムの核心、真芯をとらえて、その方向性を決定づけたところがあります」
かつて、《こんな場所で生きてたくないし / こんな場所で死にたくもない》(『氷河期#2(Monster)』[アルバム『ロットバルトバロンの氷河期』収録]より)と歌った三船は、今この『HOWL』で、《世界が美しくなくてもかまわないだろう / 僕らがいるなら》と歌う。私たちが生きる世界はあの時も今も変わらず(どころかもっと酷いかもしれない)「こんな場所」だが、それでも三船はそんな世界の、いや、そんな世界を変えるための“僕らの在り方”の再構築に挑んでいる。言うまでもないことだが、彼にそう歌わせているのは、共に音を奏で多彩な音楽の情景に還すことのできる音楽家たちであり、その音楽に心を寄せる多くのリスナーであり、つまり彼が新たなロットを構築してきたこの数年で培った同志であろう。加えてもうひとつ、この『HOWL』と相似しながら対極にある楽曲『場所たち』の存在も大きい。私には、この2曲が成す極が、現在のロットという球体の支点──地軸を結ぶ北極と南極のような──にさえ思えるのだ。
「極、か……なんだろう、(極みに)行こうとしてたのかな俺は……。どっちも、居場所のない人間の歌ですよね。それを探すのか、創るのか……その過程での揺らぎみたいなものがテーマになってるのかもしれない……って今、言われて思いました。ただ、希望というか、なんかちょっと光が射してくるみたいな瞬間が、ふたつとも違ったベクトルで描かれてるのは間違いなくて……でもそれはそれぞれの曲が極みを目指しているからというより、僕たちが今、極限に生きてるからなのかもしれない。『場所たち』って5年前からある曲なんですよね。『HEX』のときに創って、ライヴでもやってて、いつになったら音源化するんだってお客さんにずっと言われてて(苦笑)。で、毎年(アルバム制作のたびに)録音するんだけど納得いかなくて。楽曲のスケールに対して、僕らバンドの力量が足りなかったんです。ライヴではできるけど、作品として煮詰めきれない何かみたいなものがあって。今のバンドでようやく納得できるテイクが録れて……この時代、2022年の今こそ鳴らしておきたいってすごく思っていたから……ホント、ようやくですが、間に合ってよかった」
冒頭に述べたように、ROTH BART BARONを現代のフォーク・ミュージックとして信頼する者として、今作をもってその原点にある力を確信できたことは、個人的に大きな歓びである。壮大なスケールの表現力をも獲得した今、極限のなかで三船自身はバンドの水先をどこに向けているのか。
「非常事態のときこそ、音楽を鳴らせるバンドでありたいなとは思っていて。大変な時代だからこそ、大事の時だからこそ、音楽を鳴らせるアーティストに、おこがましいけど、なりたいなと思う。みんな大変だから音楽やってる場合じゃないとか、曲創るのやめますとか、なんか言い訳にしかならないなぁと思ったりして。おむすび屋さんは毎朝おむすびを握るし、パン屋さんは毎朝パンを焼くよなぁみたいな気持ちにいつもなるから。なんで俺らはパン屋さんより働かなくていいことになってるんだ?って。幸い、曲は出てくるし……場所をつくっていい音楽を鳴らして、人と楽しい時間を共有することが音楽家の人生なので。それは可能な限り、続けていくっていうか、今の言い方で言えば“サステナビリティをもって”ですかね(笑)。(どんな状況であれ)バンドを持続可能にしていくっていうのは、もともと思っていたことですしね」
最後に、インタビューの終り際にふと思い出して訊いた話を。『ONI』の歌詞が“『』”で括られている意図についてである。道すがら行き合った小学生たちの会話が、偶々聞こえてきたのだという。
「『一生懸命人間になろうとしたんだよね』『でもダメだった~』って。それ聞こえてきたとき、膝から崩れ落ちましたよ、マジかぁ~~~って。…そこからのインスピレーション(で描いた曲)だったので、一応『』付けとこう、と。本当は、(アルバムクレジットの)〈Special thanks〉に“通りすがりの小学生”って入れたかったぐらいなんですよね(笑)……入れとけばよかったな」
小学生の発言の真意はわからないけど、と、三船はそう笑っていたが、心のどこかで戦慄したのだろう。未来へ向かうはずの世代がひとり向き合わねばならない孤独が、出口のない寂しさが、この世界にあふれているということに。そうでなければ、こんなアルバムは生まれない。魂の深い慟哭と決意をもって、ROTH BART BARONは今冬も旅に出る。早春の息吹が満ちる頃の福岡にて、私たちは彼らが見いだす世界の歓びを分かち合うことができる。
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LIVE INFORMATION
ROTH BART BARON
『HOWL』Tour 2022-2023
〜バンド編成・福岡公演〜
- 2023年3月3日(金)
- FUKUOKA BEAT STATION
- <出演者>
- 三船 雅也 - vocal / guitar
- 西池 達也 - keyboard
- 岡田 拓郎 - guitar
- Zak Croxall - bass
- 工藤 明 - drums
- 竹内 悠馬 - trumpet
- 大田垣 正信 - trombone
PROFILE
ROTH BART BARON
(ロットバルトバロン)
三船雅也(1987年生まれ、東京出身)によるフォーク・ロック・バンド。強靭なサポートミュージシャンと共に、フォーク・ミュージックをルーツに、世界中の多様な音楽からインスピレーションを得ながら、独創的な作品リリースと国内外での精力的なライヴ活動を続ける。1st『ロットバルトバロンの氷河期』(2014年)、2nd『ATOM』(2015年)、3rd『HEX』(2018年)、4th『けものたちの名前』(2019年)と、アルバムを発表するごとに支持層を広げながら多くの文化・芸術媒体で高い評価を獲得。さらに、2020年リリースの傑作『極彩色の祝祭』において獲得したいくつかの音楽的アウォードによって、ディープな音楽リスナーにとどまらない幅広い層の支持を得る。アイナ・ジ・エンドとのユニット、A_oによる楽曲『BLUE SOULS』も話題となった2021年には、6thアルバム『無限のHAKU』をリリース。疲弊した数多の心の浄化、蘇生と解放への願いを込めて、よりセンシティブなサウンドアプローチとフォーク・ミュージックのリレーションを結実させる。同作で表現された祈りはまた、2022年春に公開された映画『My Small Land』(監督・脚本:川和田恵真)のために初めて手がけた主題歌と劇伴につながり、ロット元来の映像との親和性、物語の深淵に寄り添う想像 / 創造力によって、映像芸術のみずみずしさやリアリティを際立たせた。今後の活動からもっとも目の離せない音楽家である。