『奇妙礼太郎』[DISC REVIEW]
奇妙礼太郎
COLUMN
全詞曲・奇妙礼太郎/プロデュース・Sundayカミデ
最強タッグで贈る25周年記念盤の快作ぶりを謳う
音楽活動25周年の挨拶がわりに差し出す新たなアルバムは、シンプル、そしてネイキッドな初のセルフタイトル作。全詞曲を奇妙自身で手がけ、プロデュースを盟友Sundayカミデが担った。日常の平熱感のなかで、不意に満ちる高揚、寄る辺ない心の移ろいを繊細に描画した全10曲は、聴く者のいちばんやわらかな芯を包み込む。
フォーク、ジャズ、ヒップホップと展開するモッドさと、あどけなくも求心力の強い菅田将暉の歌と奇妙の寛容な歌との親和性に驚くオープニングチューン『散る 散る 満ちる』、塩塚モエカ(羊文学)と奇妙の歌が混じり合い融け合いながら予感にも似た春の嵐を喚起する『春の修羅』、ヒコロヒーとのデュエットでうららかな脱力感の中に憂いを潜ませ虚空を見つめる『HOPE』と、客演とのコラボ曲を冒頭に連ねる大胆さ。それらに続く、爪弾くアコギを軸にシンプルを究めた『ONLY FOOL』の絶妙な奇妙らしさ。“奇妙礼太郎”という底なし歌うたいをもっともよく知るSundayカミデの流石の布石である。
昨春リリースされた『たまらない予感』をはじめ近作においては自作曲を発表していなかったが、それでも奇妙の真骨頂ーー生きていくことの愛しみと可笑しみを凝縮したその歌は、人間のどうしようもない業を炙りだしてやまないものだった。それは今作でも無論変わらないが、己の呼吸とともに紡がれたであろう今作の楽曲はなおさらに親密だ。
『真夜中のランデブー』以降、ジャズやブルース、ソウルの色が濃厚になるにつれ目眩を覚えるほどに色気を増し、同時に土着のSSWとしての真価を発揮していく今作。ナニワのファンク『ほんまにおいしいお好み焼き』を聴いて狂喜しない者はいないだろう。そして、子守唄のように細胞まで沁み入る『Vintage』から軽快なスカビートで導く『いつのまにか猫』へ。ほんとうにつかみどころのないひとだと笑ってしまう。同時に、深い湖底を見透かすことが決してできないように、全てをさらけ出しているようで底の知れない歌うたいだと思う。ともあれ、ネコにマタタビ奇妙に股旅。来たるリリースツアーを心待ちにしている。(山崎聡美)
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