こどもたちと かつてこどもだったひとたちへ
ROTH BART BARONが捧ぐ《ジュブナイル》

ROTH BART BARON

取材/文:SATOMI YAMASAKI

こどもたちと かつてこどもだったひとたちへ<br>ROTH BART BARONが捧ぐ《ジュブナイル》

「非常事態の時こそ、音楽を鳴らせるバンドでありたい。みんな大変だから音楽やってる場合じゃないとか、言い訳にしかならんなぁと。おむすび屋さんは毎朝おむすびを握るし、パン屋さんは毎朝パンを焼く。なんで俺らはパン屋さんより働かなくていいことになってるんだ?(音楽を創るための)場所をつくっていい音楽を鳴らして、人と楽しい時間を共有することが音楽家の人生。可能な限り、続けていく」──これは昨年、アルバム『HOWL』リリース時のインタビューでのROTH BART BARON─三船雅也の言葉だ。長く抱えているであろうその思いを違えることなく、パンデミックの3年間もロットは作品リリースとライヴを敢行しつづけた。それらは賜物と言っても差し支えない傑作揃いで、『極彩色の祝祭』(2020年)ではプリミティヴな魂の昂揚とフィジカルな熱量という音楽そのものの歓喜によって生命力を喚起し、『無限のHAKU』(2021年)では疲弊した心の浄化、蘇生と解放への願いを込めて、よりセンシティブなサウンドアプローチとフォーク・ミュージックのリレーションを結実させた。『HOWL』においては「“失われた身体性”を取り戻したい、フィジック(physic=癒やす)よりもフィジカル(physical=身体的)になっていくアルバムにしたい」と、バンドの躍動と音楽の昂揚とを極め、混沌の中で彷徨う心身を衝き動かした。パン屋が毎朝焼くパンが一日の糧となるように、ロットの音楽もまた心身の糧となる。消費ではなく昇華されているからこそ、ロットへの支持と信頼はポスト・パンデミックの現在まで拡がりつづけている。そして今年10月、新たな扉が開かれた。ロット通算8枚目、三船がベルリン─東京を行き来する二拠点活動を開始して初のアルバム『8』。《ジュブナイル》をテーマとして制作されたという本作は、ロットの最新モードを覚醒させイノセントかつパーマネントな発見の歓びとロマンを紡ぎ出していく。


──リリースツアーの2023年分が終わったばかりですね。SNSにはアルバムについてもライヴについても、非常に熱のある感想が多く上がっているみたいで。


三船:おかげさまで各地で好評に迎えてもらってますね。『Closer』とかめちゃくちゃ盛り上がりますね(笑)。


──『Closer』はリードシングルでもありますけど、80sなシンセの広がりやアンニュイさ、ダンサブルでメロウな感じとか、いろいろロットらしからぬというか(笑)。


三船:中華料理屋さんがピザ出してきたみたいな(笑)。僕と対極にある曲ですよね。原曲は『けものたちの名前』(2019年)のあとぐらい、『極彩色の祝祭』の制作時にはあったんですけど、踊れない、歌えない世界でやる曲じゃないなぁと。それを今回思い出して、アレンジや歌詞も少し変えてギュッとコンパクトにして。パンデミックの3年間、誰もが頑張って生きてきて、それがようやく終わった今、なんか虚無感があるというか、ポヤ~っとしてるところがあるじゃないですか。そのポヤ~っとしたメロウな空間を満たすのは、こういうちょっとメランコリックな、ロマンチシズムのある楽曲なんじゃないかと思ったんです。ロマンって、そういえばこの3年間なかったな、と。その足りない部分をあのシンセのサウンドで満たしたら面白いなと思って。


──確かにロマンって、いちばんなかったかも。


三船:あと、いい感じで全方位を茶化してる曲だから、今回のテーマにも通じるし。


──では、アルバム『8』について、そのテーマのことから伺いますね。今作を聴いてまず、ここに昇華されている【ジュブナイル】というテーマは、前作『HOWL』の最終曲『髑髏と花(дети)』(※キリル文字《дети》は《児童》の意を持つ)や、前回の取材時に話してくれた『O N I』のリリックにまつわる小学生との邂逅で、すでにフォーカスされ始めていたように感じました。未来へ向かうべき子どもたちに対するすごく強い目線があって、そこに、三船くんが自身の中で生き続ける少年性とあらためて向き合うという視線が重なったところで、今作は生まれたものだったのかな、と。


三船:言われてみれば、そうかもしれない……確かに、下準備というか、バックグラウンド・ストーリーとしてはあるのかもしれないです。ご存知のとおり、ロットの音楽にはもともとジュブナイル性があって、たぶん『HOWL』(を創っている時期)からそっちに引っ張られてたんでしょうね、無意識的に。そこが導入であった気はします。


──三船くんの無意識下にあったものと、ベルリンという不慣れな場所で生き始めた三船くん自身とが共振して、音楽として出てきたような。慣れていないっていうのはつまり子どもと同じ状態でもあるから。


三船:生きるのに慣れていないっていうかね。でも、そうですね、そこともっと向き合おうと思ったし…ポスト・パンデミックになったあとに、(パンデミック時と同じように)また全く違う価値観の世界がやってくる、新しいディケイドがやってくるだろうなっていうのはあって。だから、パンデミック時の三部作(『極彩色の祝祭』『無限のHAKU』『HOWL』)と同じことをやっても通用しなさそうだなっていう予感もあったし、あと、『けものたちの名前』以降にホール会場でやってきたような“美しく壮大なROTH BART BARON”みたいなものはある種完成したと思うし。

HOWL – ROTH BART BARON “HOWL” TOUR ~FINAL~ Live at Hitomi Memorial Hall|March 10th, 2023

──そこについては、自身としても、やり尽くした感がある?


三船:そうですね。これにもっと磨きをかけようとか、大きくしようと思えばできるけど……それはマイナーチェンジじゃないですか。『HOWL 3.0』みたいな。


──(笑)映画だと、観る前に不安がよぎるヤツですね。

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三船:なんか、ちょっとねぇ、ってなるでしょ。自分の過去のものへのトリビュートみたいになっちゃうのはいただけないし、進化しないなっていうのもあって。で、今回あらためてジュブナイルっていうところに踏み込んだわけですが……この3年間、社会的なこと、ウクライナのことや今はガザ(地区)のこと、もちろんパンデミックのこと、国内で言えばオリンピックのやるやらない、音楽業界で言えばフジロックのやるやらない、そういうのと向き合って、人間のいろんな酷いところもたくさん見て……グチャグチャだったじゃないですか。いろんなこと考えたし、ロットとしてもそこと向き合って音楽創ってきて、ずいぶん社会とばっかり対峙してきたなって思って。一回それをリセットするというか、社会のことを全く考えないというのはどういうことなのか?っていうことを考えたときに……子どもって本来、社会と関係なく成長しますよね。(社会で)何が起きていても、新しい友だちができた、好きな子ができたとか、新しい帰り道を見つけた、トランペットのこの音が吹けるようになった!とか。その瞬間の歓びがいちばん大きくてそれが成長でもある。


──毎日、何かが新しくなったり発見があったり。


三船:そういうことだなと思って。子どもの個人的な発見は永遠に消えない。大人たちの社会の方が不安定で、子どもの発見の方が安定してる気がして。子どもって絶対失敗するし、敗北がつきまとうけど、それも含めて個人的な歓びとか発見、ワクワクとかときめきとか、そういうことを感じることが、3年間我々にはいちばん足りなかったのではないか?……そう思った時に、ジュブナイルってテーマはいいなと思ったんです。だから、敢えて社会のことを見ないようにして、目の前の歓びー今日は肉屋で豚肉200gくださいってドイツ語で言えたとか、コーヒーのオーダーが伝わったとかーに目線をシフトして。“初めてのおつかい状態のミフネ”っていうのを常に置いているような感じでしたね(笑)。

ROTH BART BARON “8” ジュブナイル ~8人の少年少女の夢〜

──1曲目の『Kid and Lost』なんかが象徴的なんですが、この作品全体に揺れ、揺らぎがあって、それは、その不安と歓びが連続している様子なのかもしれない、と今思いました。


三船:うん、うん、そうですね。そういう安定してない感じが針路となって、アルバム全体ができていった気がします。


──そうやって自身の少年性を掘り下げていく一方では、タイのインディー・バンド、Safeplanetのほか、ベルリン移住がきっかけになった二人の音楽家との新たなコラボも生まれています。もともとコラボの鬼というか、多彩なアーティストと有機的なセッションを繰り広げてきたロットですが、今回もまた想像の斜め上でした。


三船:コラボの鬼(笑)、確かに。ベルリン行ったのになんでタイ?とも言われそうだけど(笑)Safeplanetとの『BLOW』みたいな曲は今までなかったし、新しい風が入ってますよね。ごく自然な流れで出会った人たちと、自然な流れで音楽を創れるタイミングが今だったんだと思います。ベルリンで繋がった藤田正嘉(※1)さんも、山根星子(※2)さんも、自分が起こした風(=音楽)によって出会った人たちで、それが今度は新しい音楽を生んだ。環境を変えたことで彼らの視界に入ったってところもあるけど、覚悟があったからこそ出会えた気もするんです。オマエはほんとうに日本以外でやる気があるのかっていう、その覚悟を見られたのかなと思う。

ROTH BART BARON – BLOW feat. Safeplanet (Official Video)

──ベルリンに遊びに行ってるわけじゃないんだ、って。


三船:そうですね。そこを分かってくれたし、単純にロットの音楽がよかったって言ってくれたことも嬉しかったし……なんかね、最近よく思うのは、さっきコラボの鬼って言ってくれたじゃないですか、それはその通りで、音楽を一緒に創ることでしか、僕は人と仲良くなれないんですよ、きっと。音楽を創らないと何も転がらない。普段は話さない人とでも音楽で繋がれる人とは何かを創れる気がするんです。それしかやることないし、むしろ最近はそれしかやんなくていいとも思ってきちゃって。出会ってきた人たちと、こうやって大きな化学反応を起こせるのが楽しいから。ロットも、僕のバンドって言ってるけど、ソロ・プロジェクトと言われればそれまでで、でもみんなと何かやりたいからバンドとしてやってるわけだし。やっぱり、人と何かを起こしたいし、大きな何かをやろうとする時には自分だけじゃ足りないんだっていうのも圧倒的に分かってるから。自分のことは信じてるけど、全然信用してない部分もある。一人でできることはほんとうに少ないから、みんなの力を借りてなんとかやってる。いつもそんな感じです。


──でも今回のテーマって、楽曲を創る、特に歌詞を描いていく時点では、三船くんにとって内省を究める作業だったのではないかと思うんです。それをもってサウンドを構築するうえで、テーマに近しい音像、たとえばもっとフォーキーな方向性も手段としてはありえたと思いますがそうはならず、逆にコラボも含め外を向いた、斬新なサウンドデザインが施されているのも意外でした。


三船:僕ももっとオーガニックになるのかなと思ってたんですけど、意外とロックバンドになったなあと。途中で、バンドっぽくしようと思っちゃったんですよね。バンドの音いいな、やりたいな、って。ここのところ大所帯になっていたので(笑)、4ピースぐらいの高校生のような気持ちでバンドやってみよう!と。バンドで出す音の歓び、今のロットのメンバーはほんとうに素晴らしいので。日本の音楽界の宝だと、僕は勝手に思っているぐらい。彼らと、プレーヤーとして一緒に音を出すっていうことを、続けられる限り続けたいというのがあったから。シンプルだけど彼らと共に音を広げていくっていうことが、今回僕のやりたいことだったし、それは深く潜っていくことにもつながっているのかもしれない。ただ、歌詞を含め楽曲をバンドと共有する前には、一人でずいぶん潜ります。それでやっと掘り出してきたよ!っていうものを渡すから、その時点で内省する作業はほとんど終わってて。で、その時には曲のゴールは見えていて、みんながどんなに自由にアレンジしても、たとえ予想外のことが起きても、それを楽しめるくらいまで、その楽曲自体にパワーがあることやどんな変化も受け入れられる懐の深さがあることを確信してたというか。そういう曲を20曲くらいセッションして、その中でみんなの血肉になった楽曲がアルバムとして成っていく、というのが今作でしたね。


──血肉になった曲、いい表現ですね。それを聞いて、今作の新たなバンド感として真っ先に『Ring Light』が浮かびました。強烈なドラムの音のエフェクトを軸に、ものすごい磁場をつくる曲だなぁと。あと、驚いたのが三船くんのアグレッシヴなギターソロ。


三船:現時点での最新のROTH BART BARONは『Ring Light』に表されてると思いますし、バンドのコア(核心)もあの曲にあると思います。ロットの最新モード。ギターは……そうですね、今まで隠してました、ああいうの(笑)。ずっと僕なりにギターのアイデアはいっぱいあるんですけど、所謂ギタリストと一緒にやるのも好きだし、彼らが弾くギターの合間にチラッとアブストラクトな音だったり合いの手だったりを入れたりするのも楽しいし、僕はヴォーカルとして歌を立たせることが主軸だし。今回『HEX』からずーっと弾いてもらってた岡田(拓郎)くんが彼自身のいろんなプロジェクトがあって離れることになって、これを機に自分の持ってるアイデアを出してやってみようと。だから今回は極力ギターで作曲するようにもしてました。ギター背負ってベルリンに引っ越して、ギターを弾き始めた17歳の頃に戻って弾いてましたね。その当時ギターは、絶望してた自分を解き放ってくれる唯一の魔法のツールでしたから。そこはやっぱり永遠です。


──みんな、ライヴで聴く、観るのがますます待ち遠しくなってきてると思います。


三船:2月、楽しみにしててほしいですね。みんなで、踊ってください。





注※1…ヴィブラフォン・マリンバ奏者、el fog名義でも活動。13年間のベルリンでの活動を経て現在は兵庫県在住。アコースティックとエレクトロニック双方からのアプローチで、アナログとデジタルの融合を様々に試みる活動は三船との共通項も多い。


注※2…ベルリンを拠点に活動するヴァイオリン・ヴィオラ奏者。クラウトロック創始バンドの一つでありジャーマン・エレクトロを代表する電子音響集団、タンジェリン・ドリームのメンバーでもある。

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LIVE INFORMATION

ROTH BART BARON『8』TOUR 2023-2024

2024年2月12日(月・休)
FUKUOKA BEAT STATION

PROFILE

ROTH BART BARON

(ロットバルトバロン)

三船雅也(Vo,Gt)を中心とするインディー・ロック・バンド。西池達也(Key)、竹内悠馬(Tp)、ザック クロクサル(Ba)、大田垣正信(Tb)、工藤明(Dr)という精鋭ミュージシャンと共に、独創的な作品のリリースと国内外でのライヴ活動を休むことなく継続中。3rd『HEX』(2018年)以降6年連続でフルアルバムをリリース、発表するごとに支持層を広げながら多くの文化・芸術媒体で高い評価を獲得。2020年発表の傑作『極彩色の祝祭』においては複数の音楽的アウォードにも讃えられた。2021年には三船とアイナ・ジ・エンドとの企画ユニット、A_oによる楽曲『BLUE SOULS』も話題に。また、2022年春に公開された映画『マイ・スモール・ランド』(監督・脚本:川和田恵真)では主題歌&劇伴を手がけ、ロット元来の映像との親和性、物語の深淵に寄り添う想像/創造力によって、映像芸術のみずみずしさやリアリティーを際立たせた。2023年は、自主イベント“BEAR NIGHT 4”を日比谷野外音楽堂にて開催、FUJI ROCK FESTIVAL’23にも出演する等、活動規模も拡大し続けている。