力を抜いてこそ、伝わるものがある。
だって、力んでる大人って、
ちょっとカッコ悪いじゃないですか。

中田裕二

取材/文:なかしまさおり

力を抜いてこそ、伝わるものがある。<br> だって、力んでる大人って、 <br>ちょっとカッコ悪いじゃないですか。

ソロ活動10周年を迎えた今年。初のベスト・アルバムリリースやテーマ性にあふれたスペシャル・ライヴを隔月開催するなど、数多くのトピックスでファンを大いに沸かせてくれた中田裕二。前作『PORTAS』においては、先の見えない不安の中で“コロナ禍のこの時代を人はどう生きていくか”がテーマだったと話してくれたが、あれから約1年が経ち、何がどう変わり、また変わらなかったのか。ソロ11年目に突入する11月、(これまたゾロ目重ねの)11作目となる最新アルバム『LITTLE CHANGES』をリリースした中田に話を訊いた。


──一進一退を繰り返しながらも、本当に少しずつではありますが、ようやくライヴを取り巻く状況にも明るい兆しが見え始めましたね。先日のライヴ(10月29日“中田裕二と弦楽の調べ” at ビルボードライブ横浜)でも、ようやくお酒と一緒に(音楽を)楽しめるようになってきたとおっしゃってましたが、あらためて、ここまでの過程を経て思うことはありますか?


「そうですね…だんだん“普通の形”でライヴができるようになってきたというのは、素直にすごく嬉しいんですけど、やっぱりその分、まだまだ(感染リスクなどの)心配もありますし、単純に“嬉しいな”っていう感じでは…ないかなぁ。何より、コロナ前とは、ライヴをやるにしても、音源を作るにしても、僕自身がそうなんですけど、皆さんの考え方というか“音楽との向き合い方”というのが、変わってきてると思うので。その辺の空気の変化は常に感じながら、どういう形でやるのがベストなのか、(どれが)正解なのかを探りながら進めていかなきゃなと思っているところですね」


──とくに今年はアニバーサリー・イヤーということで、スペシャル・ライヴが隔月で開催されていましたが、まずは4月のバースデー・ライヴ。歴代のサポート・ミュージシャンの方々が勢揃いされていただけではなく、アンコールでは椿屋四重奏まで“見参”して。反響も大きかったのではないでしょうか?


「もちろん(喜んでいただけるという)予想はしてましたけど(笑)、その予想以上に皆さんが喜んでくださって、良かったなと思いましたね。僕の中でも、あれで気が楽になったところもあって。僕ら、ライヴをやらずに解散してたんで、あれでちゃんと落とし前をつけられたかなと。まぁ、あの時、“再解散”と言いましたけど、なんか、自分の中でもちょっとだけひっかかってたものが取れたかなという気はしています」


──“次に集まるのは10年後”みたいなこともチラッとおっしゃってましたけど(笑)?


「まぁ…わかんないですね(笑)。ちゃんと全員が、いい歳のとり方をしていられたら…の話ですけどね(笑)」

『YUJI NAKADA -10TH ANNIVERSARY SPECIAL LIVE “ALL THE TWILIGHT WANDERERS” [Blu-ray/DVD] trailer』
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──6月は“裏ベスト”的な選曲によるライヴでしたが、急性咽頭炎に見舞われた中でのステージとなりました。


「本当に申し訳なかったです。あの日はだいぶ落ち込んだんですけど、そこから(喉の調子が)復活するまでも、若干時間がかかりまして。もともと“40代になってからの歌い方”みたいなものを探してはいたんです。でも、そこから8月の“椿屋探訪”まではちょっと…歌い手として少し悩んでる部分と、でもライヴをやらないと歌も安定しないっていう部分のジレンマもあり…。でも、それが、ようやくこの前の弦楽四重奏(“中田裕二と弦楽の調べ”)の時に一つ、結果が出た感じがしています」


──ベストな歌い方を見つけたということでしょうか?


「そうですね、独学でいろいろやって、ようやく力まずに歌う方法を見つけたというのもあるんですけど、今回(実際に弦楽四重奏と)やってみてわかった部分もあって。(弦楽四重奏だから)意識的に変えるというよりも、弦楽器と合わせようとすると自動的に変わる…(弦楽器に)影響されてそういう歌い方になるのか分からないですけど、それはすごく面白い発見でした。自分が歌い手としてこれからステップアップしていく中での、ひとつの大事な要素になるんじゃないか…そういう手応えをすごく感じました。とくにあの日は『輪郭のないもの』を歌った時に、めちゃくちゃエモーショナルな気持ちになって、自分でもすごく“悦に入ったな”と感じまして(笑)。そうやって自分が歌の中で陶酔できる感覚というのは、なかなかないので、それはすごく嬉しかったし、ありがたい経験でしたね」


──ゆくゆくは中田さん憧れの玉置浩二さんのようにオーケストラとも?


「やってみたいですね。ただ、実際にはオーケストラでもやってみたいし、ビッグバンドでもやってみたい、それから小編成(トリオやデュオ)も、何でもやりたいという(笑)。“変幻自在な歌い手”になりたいなぁと。これからの新しい目標の一つとして思いました」


──さて、そんな素晴らしい経験を経てリリースされた最新アルバム『LITTLE CHANGES』。さきほど、コロナの前と後では自分自身も音楽に対する向き合い方が変わってきたとおっしゃってましたが、具体的にはどんな変化を感じてらっしゃいますか?


「『PORTAS』の時は、“ライヴができない”っていう前提で作っていたので、“配信中心”での作品作りというか。その時にやれるやり方でしっかりと説得力のあるもの、リアリティのあるものを、いわゆる、おうち時間、ひとり時間の中で、じっくり聴いて向き合うような作品を作っていました。多分、もうその時点で、いつものモチベーションとは全く違ってましたし、歌う内容も…僕の歌は大体、惚れた腫れたが多いんですけど、まったくそういう曲もなく、どうこの時代を生きていくべきかみたいな」

Album『PORTAS』(2020年11月18日)

「それは今回の『LITTLE CHANGES』にも色濃く出てるんですけど、ここでちゃんと時代と向き合えないといけないというか。この世の中に対して、自分はこういうスタンスでいます、その上でこういう音楽を作っていきますという意思表示をしっかりできないミュージシャンはダメだなと、ちょっと思ったんです。歌詞を書くにしても、すごく言葉選びに気を使ったし、その時その時でやりたい音楽をパッと出すみたいなノリじゃなくなった。…というのも、やっぱり僕自身、この期間に音楽があって本当に良かったなと思いましたし。となると、それ以上にそう思って下さってるリスナーの方もいっぱいいらっしゃるだろうなと。だから(そういうふうに)音楽を本当に拠りどころにしている人たちに対して、今以上にちゃんとしたものを届けたいなと思いました。(感覚としては)老舗の和菓子屋とか、寿司屋みたいな感じですかね(笑)。“こんな状況でも、しっかり美味しいものを提供しますよ”っていう、そういう“職人の誇り”みたいな部分はありました。だから(期間で見ると)結構短いペースでのリリースにはなってるんですが、(1曲1曲の)熟成処理みたいな部分は、ちゃんと寝かせて、旨味を凝縮させて…できるようになってきた気がしてます」

Album『LITTLE CHANGES』(2021年11月17日)

今作には9月と10月にそれぞれ先行配信シングルとしてリリースされた『Terrible Lady』『わが身ひとつ』の他、
それら同様、昨年のオンライン・ライヴで一足先に披露していた「自粛期間中にInstagramでつながったドイツ在住のミュージシャン、えっちゃん(Robert Summerfield a.k.a. ESCHES / エシャス)との共作」『PALE STRANGER』など全10曲が収録されている。

──前作に比べると、どことなく肩の力が抜けて、唄うことを楽しんでるようにも感じられる作品でした。


「そうですね…肩の力というか“こわばり”みたいなものが、僕のソロの10年の音楽の中に、どこかしらあったような気はしてます。それは音楽に限らず、人間関係もそうで。人に伝えたいがあまり、必要以上にムダな力が入ってしまうというか。プライドや自意識が邪魔したりしてた部分があったと思うんですけど、いろんな物事において、エネルギーの使い方って“力”だけじゃないんだなっていうのをここ2、3年で気づき始めたんですよね。さっきの歌い方もそうだし、曲作りにしても、力を抜いてこそ伝わるものがあるというか。だって、力んでる大人ってちょっとカッコ悪いじゃないですか。俺はこうはなりたくないなというようなことが『DOUBLE STANDARD』辺りから曲作りにも反映されていった結果…今回のような作品になっていったという感じですかね(笑)。自分の力の使いどころを見極めて、ここは使う、ここは使わないとコントロールできる。それが大人の面白さなのかなぁと思いますね」


──今回のアルバム制作には、いつ頃から着手されたんですか?


「ベストアルバムを3月に出したんですけど、そこに新曲を2曲入れていて、大体それぐらいからですかね。(アニバーサリー・イヤーに)ベストだけじゃ、ちょっとつまらないなぁということで。なんかもう、病気みたいな感じですよね、1年に1枚は(アルバムを)作りたい病(笑)」

Best Album『TWILIGHT WANDERERS – BEST OF YUJI NAKADA 2011-2020 -』(2021年3月17日)

──まぁ、曲はライヴでも常に新曲を披露するぐらいは作ってらっしゃいますしね(笑)。ちなみにレコーディングは、どの曲からスタートされたんでしょうか?


「『わが身ひとつ』と『Terrible Lady』ですね。ここ最近、本格的にピアノで曲を作るようになって。このアルバムの半分ぐらいは、ピアノで作ってるんですよね」


──きっかけは?


「ピアノを弾けた方がモテるかなと思って(笑)。いや、これは本当の話で。僕、Tom Waitsとかすごい好きで。ピアノが置いてある店で、ポロポロ〜っと弾けたり歌えたりしたら、ミュージシャンとしてカッコいいなと」

Tom Waits『You Can Never Hold Back Spring(Live on The Orphans Tour, 2006)』

「よく70年代のミュージシャンの映像を見たりすると、ものすごい人がフラッとピアノの前に行って弾き語り始めたりとかして、僕もそうなりたいなぁと思って。前からちょこちょこ練習したりはしてたんですけど、なかなか上手くならなくて。でももう、毎日毎日、ちょっとずつ練習してたんですよ。で、ライヴでも下手なくせに弾き語り始めて(笑)。これはもう(ライヴの)場数を踏んで強いハートを身につけていくしかないなと思って、やってたら…なんとなくちょっとだけ、できるようになってきて。それがすごく楽しくなってきてですね。なんか心が落ち着くというか、癒されるんですよね。で、そうやってたら、どんどん曲作りも面白くなってきて、これからもどんどん(ピアノで作る割合は)増えていくかなとは思ってます。昔、ASKAさんと対談させていただいた時に、たしか『LOVE SONG』辺りから、David Fosterの影響を受けてピアノで曲作り始めたという話を聞いて、そういう先輩の影響もちょっとありますね(笑)」

ASKA『LOVE SONG(Official Music Video)』

──例えばピアノで作曲した楽曲をバンド編成にする時にやりにくい…みたいなことはないんでしょうか?


「逆に、(ピアノは)達者ではないので、難しいことができないんですよ(笑)。だから曲がシンプルに、コードも少なくなって。ギターだとすぐ手クセでちょこちょこ難しいコードやフレーズを入れちゃうんですけど、それを封じられてる状態なのが逆に新鮮だったり。『Terrible Lady』とかホント、コード少ないですし、『Little Changes』もそう。それが憧れの洋楽感につながっていってる感じですね。最近の日本の曲って展開が多すぎて、僕にとっては(聴くのが)辛すぎるので(苦笑)。自分が聴きたい音楽を作ってるっていうのもあります。よくジャズのスタンダードを弾き語りしたり、Tom Waitsとか、CarpentersとかBilly Joelとか…ピアノで弾いてみたりするんですけど、本当にキレイにできてて。(今の)ピアノ耳で聴いたら、さらに昔の曲がよく聴こえてきたりっていうのも発見でしたし、いいものは本当にいいんだなって。ここ最近、さらに気づいているところですね」


──今回はESCHES氏との共作と、中田さんおひとりでやってらっしゃる楽曲を除けば、大体3チームで7曲を分担しているような感じかと思うんですが、小寺(良太)さんが参加された曲が2曲ほど、ありますね。これは4月のライヴがきっかけで、ということなんでしょうか?


「そうですね。まぁ、以前からお酒のんだりとか、ちょこちょこ会ってはいたんですよ。そのたびに“早く裕二の曲、叩かせてよ”とは言われていたんですけど、なんというか、良ちん(=小寺良太)はとにかくクセが強すぎるキャラクターなので、なんかまだ、ちょっとイヤだなと思ってたんです(笑)。…でも、4月のライヴでひさびさにいっしょに演奏した時にすごくいいドラマーになってるなって感じられて(笑)、じゃあ、ドラマー・小寺良太にふさわしい曲が2曲あるんで、今回正式にお願いしますということで参加してもらいました」


──ドラマーとしての小寺さんの魅力って、どういうところにあると思いますか?


「自己アピールが強い(笑)。でも、意外と器用で真面目なんですよね。わりと数学的にドラムを考えてる人というか。これまで数々の名ドラマーとやらせていただいてますけど、彼が一番数学的に考えてるかなと。あと、超神経質なんです、ドラムに関しては。決して、そうは見えないですけどね(笑)。だから、いわゆるバンド時代の小寺良太を知ってる人からすると、まったく違う表情のドラムを叩いてもらってる」


──『こまりもの』とか繊細ですもんね。


「そうなんですよ。すっごい力を抜いて(叩いて)もらったんですけど、もし彼が成長してなかったら、きっとそこには対応できなかったと思うし。でも、しっかりと僕の狙ってる音を数学的に解析しながら卒なく叩いてくれて。あー、良かったなぁと。もう椿屋四重奏関係なく、一人の良い“ドラマー・小寺良太”じゃん!という気持ちになれたのも、すごく嬉しかったし、バンドの時より全然楽しくやれたのが良かったですね」


──方や石若駿(Dr)さん、千ヶ崎学(Ba)さんのリズム隊に八橋義幸(Gt)さん、sugarbeansさん(Pf)というチームで3曲。


「千ヶ崎さん、石若くんのリズム隊はちょっと快感ですね。聴いてるだけでもう、最高だなっていつも思うんですけど。僕、やっぱりビートマニアだと思うんですよね。ビートを主体に曲を作ることがすごく多いし、それを今、最前線でやれるチームだなぁとは思いますね。それこそ石若くんは若いんだけれども、しっかりそこを心得ちゃってるので、洋楽に限りなく近いというか…あぁ、日本国内で今、この人しか、このトーンは出せないなぁって思うところはあります」


──このチームの曲で唄う中田さんの歌って、ちょっとレイドバックしてる感じもかっこいいんですよね。これはもう曲がそういう方向に引っ張ってってくれる感じなんですかね。


「そうですね。僕はもう完全にビートの上で歌ってるので。他のチームの曲もそうなんですけど、リズム隊ごとに引き出してくれるリズム感、グルーヴ感っていうのはあるので、どれか一つっていうのは選べないんですけど。今回たまたま先行で出させていただいた2曲が、別に意識的に選んだわけではないのに、結果、このチームの曲だったっていう…ホント、偶然なんですけどね(笑)」

『Terrible Lady(Official Music Video)』
『わが身ひとつ(Official Music Video)』
宮尾登美子の小説を原作とした映画『夜汽車』(1987年公開/山下耕作監督)にインスパイアされて作られたというナンバー。

──そして『疑問』『眩暈』はライヴでもおなじみのメンバーでやられてますね。


「現行のライヴメンバーですね。こっちはわりとロック寄りというか。今は意識的に(原曲を)ミニマルに作っているので、そこからバンド・アレンジにするときは(その落差を埋めるくらいの)マジックを自分自身も楽しみながらやってます」


──となってくると、早くこのアルバムの曲を“バンド編成”のライヴで楽しみたいのですが(笑)、現在、決定しているものとしては12月の名古屋での弾き語り(w/EARNIE FROGs)、そして、年末恒例のワンマン・ライヴ(大阪1公演、東京2公演)ということになりますでしょうか。


「そうですね。とりあえず、そこをやりつつ今、来年のスケジュールを考えているところではあるので、福岡・九州の皆さんは、今しばらくお待ちいただければと思います。とりあえず、作品としては今回、“中田裕二ここにあり!感”がすごくある1枚ができたなぁと思っていて。シーンも時代もある意味、超越できたんじゃないかなと(笑)。多分、僕が作ってる音楽というのは、ルーツに根ざしたものなんで。昔から音楽を聴いてらっしゃる方には、“あー、これ!これ!”って、音に関しても共感できるところがたくさんあると思うんですけど、今の若い方だったり、巷で流行している音を普段聴いてらっしゃる方にとっては(そこも)すごく新鮮に聴こえると思いますので、“あ、こういう音楽も今、存在してるんだ”という感じで(笑)、面白く聴いていただけたらなと思います」


「とくに今、このどんよりとした生きづらい世の中で、何か大きい希望みたいなものを探すのは、すごく難儀なことだと思うんです。でも、このアルバムを聴いていただければ、日々の暮らしの中にも小さな喜びとかっていうのは散りばめられているんだなって、気づいてもらえるような音楽だと思うので。是非、そこを楽しんでいただけたらなと思います。それこそ、福岡は全国の中でも僕の音楽を聴いてくださってる方が非常に多い土地ですし、この秋は(ライヴが直前で中止になったりして)僕自身、悔しい思いもしているので、1日も早くリベンジできたらなと。まだはっきりとした日程は出せないんですが、このアルバムを届けに必ず行きます!ということだけは、ここに約束させていただきますので(笑)。それまで音源を聴いてお過ごしいただければと思います!」


──ありがとうございました。

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PROFILE

中田裕二

1981年生まれ、熊本県出身。2011年「椿屋四重奏」解散後、ソロとしての活動を開始。コンスタントにオリジナル作品を発表する一方で、バンド、トリオ、弾き語り…などさまざまなスタイルでのライヴ・ツアーを展開。他アーティストへの楽曲提供やサウンドプロデュースも行うなど、精力的な音楽活動で多くのリスナーを魅了し続けている。昨年12月には熊本応援ソング『さるこうよ』をNESMITH(EXILE)、Leolaと共にリリースするなど、地元に根差した活動も展開中。最近ではInstagramでライヴを行ったり、Twitterと連動したオンライン鑑賞会を開いたり、SNSを駆使した活動も活発に。中田がさまざまな街で謡う動画が人気の<SOZORO>シリーズは公式YouTubeで!