詞曲編曲歌演奏
振り幅最大最新作
オール中田の底力

中田裕二

取材/文:なかしまさおり

詞曲編曲歌演奏<br>振り幅最大最新作<br>オール中田の底力

前作『MOONAGE』から約1年ぶり。5月15日に最新アルバム『ARCHAIC SMILE』(アルカイック・スマイル)をリリースする中田裕二。タイトルには、古代ギリシャの彫刻や飛鳥時代の仏像などに、多く見られる表現のひとつ──できるだけ感情を抑え、わずかに上げた口角だけで微笑みのような表情を成す“アルカイック・スマイル”が冠されている。「テーマは“慈悲”」。とりわけ、ここ数年来の主題でもある「世の中のルールとか、常識とかからは、ちょっとはみ出しちゃった人たち=ハグレモノたち──を、いかに肯定していくか」がメイン・テーマだ。ただ、これまでと唯一違うのは、アルバムまるごと全10曲を中田ひとりで──作詞・作曲・編曲から歌唱・すべての楽器の演奏までを──担当したということだろう。一体、どんな作品になっているのか?4月下旬、43歳を迎えたばかりの中田に話を訊いた。


──今作では作詞・作曲・編曲・歌、それからすべての楽器演奏にいたるまで、中田さん“おひとりで”担当されたとお聞きしました。どうして、そのようなやり方をしてみようと思われたんですか?


中田:ずっと前から、やりたいなとは思ってたんです。ただ、ココ!というタイミングがなかなかなくて、それが今回ようやく叶ったという感じでした。それこそ、去年は椿屋(四重奏二十周年としてのステージ)も含めて、結構いろんな人と関わりながらやっていたので。次は、“あえて、その逆”を行ってもいいんじゃないかなと思ってやってみました。


──やってみて、いかがでしたか?


中田:おもしろかったですね。いつもだったら、自分が作ったものを(バンド・メンバーに渡して、そこからバンドの音でもう一度)全部録り直すって形なんですけど、それがもう今回は“デモがそのまま完成品になる”みたいな感じで。いろんな実験を…ひとりだから試したいだけ試せた。そういう意味では“遊び心がすごくある”アルバムになっているんじゃないかと思います。


──おもしろいのは、すべてひとりでという割には“籠ってやってる感”みたいなものが、まったく無くて。どこか開いているような印象。冒頭1曲目『ビターネス』にしても、かなり辛辣な言葉が並んでいるのに、どこか明るい。

中田裕二 / YUJI NAKADA – ビターネス / Bitterness [Official Video]

中田:作り方的には全然。環境的にも“開けてる感”の全くない自分の部屋でやっていたんですけどね(笑)。でも、実は、つい先日も別のライターさんに同じようなことを言われて。それが今、ちょっと面白いなって思っているところです。


──そうなんですね(笑)。


中田:もちろん、作ってる時は正直、分からなかったし、むしろ、歌詞とかを見て“結構、重い作品なんじゃないかな?”とも思ったんです。…ただ、確かに今、思い返してみると(曲を完成させて)聴いたときに(想像していたよりも)すごいポップじゃん!と思った感覚は確かにあって。


──まさに、そこだと思います。個人的には中田裕二作品史上、いちばん“歌詞とサウンドのギャップが大きいアルバム”なのかなと。でも、そのギャップがイコール、ポップさだったり、楽しさだったり、明るさにつながっているのが新しいなと感じます。


中田:ありがとうございます。そうえいばさっき、“ひとりだから、いろいろ試せた”と言ったんですけど、他のミュージシャンの方に頼むと、意識の上では共有できてるけど、結果としては“その人を経由”するので、結局、自分の頭で思い描いたこと、自分の主観の発想ではなくなるんですよね。もちろん、それがいい時もありますけど、今作に関しては、そこに対する遠慮をしなくてもいいってところに、すごく“遊びの要素”を出せたんじゃないかと。


──曲に関しては、わりとすぐに揃いましたか?


中田:そうですね。もともとコンスタントに作るほうではありますけど、今回は、この前のアルバム(『MOONAGE』)を作る段階で、すでにアルバム2枚分ぐらい(の曲のストックが)あったこと。あと、去年はとにかく忙しくて、自分のツアーの後にすぐ、椿屋をやって、その間とか後にもちょこちょこ弾き語りとかイベントにも出てたんで、なかなか制作の時間がとれなくて。で、やっととれたのが椿屋の後。でも、結果的には、それが良くて。椿屋をやったことで、昔の曲とか、3人でステージに立つこととか、いろんな部分で刺激を受けたから、その後の流れがどんどん良くなっていったんですよね。…なんか、キツかったけど、運動したらリンパの流れと血流が良くなって、おまけに体調も良くなった、みたいな(笑)。そういう感じ。


──確かに。1年前のインタビューは、ツアー前でしたが、まだ中田さん自身の体調も完全には戻りきってないとおっしゃってましたし。


中田:そうそう。あの頃は後厄のいちばんきつい時期でもあったし、めっちゃしんどかった。でも、それが後半に行くにつれ、徐々に抜けていく感じがあって、厄も徐々に払われていった。『MOONAGE』のツアーが本当に楽しかったし、その勢いのまま椿屋のライヴがやれたのも本当によかったなと思います。

中田裕二 / YUJI NAKADA – 真空 / SHINKUU (Live at EX THEATER ROPPONGI, TOKYO, 24/06/2023)
椿屋四重奏 – 成れの果て(PV)

──曲が出揃ってからの作業はいかがでしたか?


中田:レコーディングを始めたのは(今年の)2月の頭ぐらい。そこから大体2ヵ月ほどで作業しました。日頃から──主に洋楽、同世代のシンガー・ソングライターが多いんですけど、いろんな人の曲を集めてリファレンスする…みたいな作業は、しょっちゅうやっていて。具体的には、この音、どうやって作ってるんだろう?とか。この展開どうやってやってるんだろう?みたいなことを自分なりに咀嚼して、分析しながら、研究してます。ただ、今回のアルバムで言ったら“和”な感じというのが頭にあったので、それぞれの音や展開を“日本人流に解釈すると”という視点で、いろいろ遊びながら試していきました。


──例えば、どんなアーティストの曲を聴かれていたんでしょうか?曲に反映させたかどうかは別として、ファンの皆さんとも共有できたらと思いますので、少しだけ教えていただけると嬉しいです。


中田:そうですねぇ…たくさんいるんですけど。例えば、前から好きだったゲイリー・クラーク・ジュニア、ジョルジャ・スミス、ハリー・スタイルズ、あとはテイラー・スウィフトもね、めちゃめちゃ良かったし、カリ・ウチスの音像なんかもすごい聴いてましたね。


──やっぱり曲を聴いていても、真っ先に音像とか音色に耳がいく感じですか?


中田:そうですね。詞曲はテーマがバチっと決まっていたりするので、それにどんな服を着せるかってことをいつも考えてます。だから今回(サウンド面で)でいえば“アナログとデジタルのミックス”みたいなものを考えていたので、その音像、音色はこだわりながら作っていきました。


──時折、AMラジオから聴こえてくるようなアナログ感を感じる曲があったのもそのせいでしょうか?


中田:いわゆるHi-Fiの音じゃないんですよね。ちょっと濁して、歪ませたりしてるんですけど、それによってレトロ感と今っぽさとがぐちゃぐちゃに。でも、そういうところがカオス的で面白いのかなとも思ってます。


──あと“和”的な話で言えば、見た目の表記に騙されがちですが、アルバムタイトルを聞いて日本人が抱くイメージは菩薩像ですし、収録曲『ADABANA』(徒花)や『KEU』(稀有)、『DECADENCE』(無頼派の坂口安吾や太宰治、織田作之助を連想させて)にしても、イメージとしては圧倒的に“和”の領分となっています。


中田:ですね。そのへんは僕の持ってる仏教観とか、人生哲学みたいなものが色濃く出てるんじゃないかなと思ってます。『ハグレモノ』(『MOONAGE』収録)なんかもそうなんですけど、おそらく『DOUBLE STANDARD』あたりから、ずっと自分の中では地続きな感覚があって。世の中のルールとか常識とかから、ちょっとはみ出しちゃった人たちをいかに(楽曲の中で)肯定していくか──が一つのテーマになってます。曲によっては、少し極端な書き方で出てくる場合もあるんですけど、そのどれもが間違いじゃないよっていうのは、言いたいですね。

中田裕二 / Yuji Nakada – ハグレモノ / Haguremono [Official Video]

──“曲によっては、少し極端な書き方”とおっしゃいましたが、歌詞の方にもリファレンスがあったりしますか?


中田:『ADABANA』や『安物』に関しては映画ですね。いわゆる男と女の今も昔も変わらない仕組みだったり、女性の情念だったりを描いた五社英雄監督の作品が大好きなので(笑)。今回もそういうのを見て、感想を歌詞に広げていきました。あと『わが暗黒』に関しては、三島由紀夫。三島の挫折について歌った歌になっています。それこそ、今はジェンダーレスとかハラスメントとか、いろいろな視点からの考え方が必要とされる世の中です。例えば品のない、相手のことを全く考えていないような発言や表現は僕も大嫌いだし、そこに対するガイドラインはある程度、必要だとも思うんですね。ただ、それを踏まえた上での“性質の違い”、それまでも同化させてしまうのは、なんだか違うんじゃないのかなとも思っていて。そういう部分への“アンチテーゼ”はこれからも(歌詞の中に)込めていこうかなと。ただ、若い人にも是非、聴いていただきたいとは思うので、できるだけ独りよがりにならないようにとは思ってます。でも、その一方で“意味がわからない”と言われることに対しては、“そう簡単にわかってたまるか!”という気持ちもあるので(笑)。そこはやっぱり逃げずに、自分なりの言葉や表現方法を探していこうかなと思ってます。


──曲作りは今回もピアノで?


中田:そうですね。8割方はピアノでしたね。とくに最初の方は一人で、iPadを持ってスタジオに入って。ピアノの前で打ち込みのリズムを鳴らして曲を作っていたんですけど、後半ちょっと煮詰まってきてギターに変えたり…。割合的にはだいぶ、ギターとピアノが逆転した感じはありますね。それこそコードが押さえられるようになって、フレージングとか、オブリガートもなんとなくわかってきて。それで今回は挑戦したかったっていうのもあります。


──ところで、アルバムリリース後には、バンド編成による全国ツアーも控えています。タイトルが“MASTER OF SHADOWS”とまた英語表記ですが、イメージとしてはこれも“和”で。


中田:はい。(谷崎潤一郎)の『陰翳礼讃』って感じですね(笑)。


──当然、バンドとなるとアルバムとはアレンジも変わってきますよね?


中田:はい。ライヴでシンセを流したり、同期させたりっていうのが、あまり好きではないので。すべては人力のライヴアレンジに変わるだろうなとは思います。もちろん(変わりすぎて、元が)何の曲か分からない!みたいなことにはしませんが(笑)、アルバムで聴こえた打ち込みのサウンドがガラッと変わる可能性は大きいので、そこは楽しみにしていてほしいなと思います。あとは過去曲たちとの絡みですよね。ある意味、“今の中田裕二”の超ベスト的なセットリストで組もうかなと思っているので、どんな曲が入るのかも是非、楽しみにしていてほしいと思います。


──なにより福岡は、ツアーラストですしね。


中田:それに福岡は僕の大好きな高倉健さん、武田鉄矢さんを産んだ場所ですから。この世界は絶対に、ハマること間違いなし! “今しか見られない”最後のダンディズムの生き残り・中田裕二のライヴをぜひ、目撃していただきたいなと思います!


──ちなみにダンディズムといえば最新のアー写。すごくワイルドでダンディないでたちなんですが。


中田:はい。ショーケン(萩原健一)さん、若かりし頃の役所広司さん、緒形拳さん…僕のいちばん好きな時代の、ダンディな俳優さんたちへのオマージュです。とくに五社作品へ出ているときの緒方さんが良くて。なぜか70年代、80年代頃のヤクザ映画の若頭って、大体、白スーツを着てた気がするんですよね。


──若頭(笑)。


中田:そう。幼心にずっとそれがやりたくて、ようやく年齢的にもやれる感じになったので、思い切ってやってみました(笑)。もちろん、僕自体にダンディズムがあるかと言えば、まったく無くて。本当に憧れでしかないんですけど、そのダンディズムの素晴らしさだけは表現していきたいなと思っています。それにダンディズムには、勝ってる人間にはわからない、敗北者の目線というのが絶対にあって。そういう人たちの持つ美しさ、優しさみたいなものをこれからも表現していけたらなと思います。


──楽しみにしています。


※三島由紀夫:『仮面の告白』『金閣寺』などで知られる昭和を代表する作家のひとり。1970年市ヶ谷駐屯地で自決。
『陰翳礼讃』(いんえいらいさん):作家・谷崎潤一郎の代表作のひとつ。“日本の美”を探求したエッセイとして、国内外で広く読まれている。

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LIVE INFORMATION

中田裕二 TOUR 24“MASTER OF SHADOWS”

2024年6月28日(金)
福岡DRUM Be-1

メンバー:
平泉光司(Gt)
隅倉弘至(Ba)
張替智広(Dr)
sugarbeans(Key)

PROFILE

中田裕二

1981年生まれ、熊本県出身。2011年椿屋四重奏の解散後、ソロ活動を開始。以降、自身のルーツに根差したオリジナル作品をコンスタントに発表する一方でバンド、トリオ、弾き語りなど、変幻自在なスタイルで精力的なライヴ活動を展開。艶のある歌声と上質で心地よいメロディ、人生の機微を巧みに描いた歌詞世界で、多くのファンを魅了している。4月17日には、昨年のツアー“MOONAGE SYNDROME”の最終公演と椿屋四重奏のデビュー20周年を記念したライヴ映像&サウンドなどを収録した完全生産限定盤の5枚組(3Blu-ray+2CD)映像作品『花舞う宵に月仰ぎ見てーTOUR 23“MOONAGE SYNDROME” FINAL IN TOKYO / 椿屋四重奏二十周年記念公演 “真夏の宵の夢”ー』もリリース。最新アルバム『ARCHAICSMILE』と合わせてチェックしておこう!